みんな大好き大興奮!(のはず)『マンボウのひみつ』

2017年9月2日 印刷向け表示
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マンボウのひみつ (岩波ジュニア新書)

作者:澤井 悦郎
出版社:岩波書店
発売日:2017-08-22
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生きものによって人に好かれるのとそうでないのがある。それは、その生きもの固有の性質による場合もあれば、社会的なファクターによるものもある。たとえばアイアイを考えてみればよくわかる。

アイアイはその原産地・マダガスカルでは悪魔の使いとされており、忌み嫌われている。どれほど嫌われているかというと、一旦目撃すると、そのアイアイを殺さないと不幸になる、と言われていたくらいだ。そら、絶滅危惧種になりますわな。しかし、日本では、軽快なメロディーの童話のおかげで、多くの人に好かれている。確かになんとなく不気味なんで、実物を見たら子どもは泣いてしまうかもしらんけど。タヌキなんかも微妙である。見た感じは愛くるしいが、かちかち山とかを読むと、人を化かすとんでもない生きもので極めて印象が悪い。

その点、マンボウは違う。世の中にマンボウが嫌いとか恐いとかいう人はほとんどおらんだろう。まぁ、マンボウのことなんか見たこともないし、考えたこともないという人が多いという可能性もあるが、それはさておく。 

個人的にマンボウが好きだ。その第一の理由は何といっても山中勇少年である。誰やそれは、という意見はごもっとも。かくいう私も、その名前はとおの昔に失念していた。しかし、ある程度以上の年配の方なら、マンボウにつかまって漂流し、一命をとりとめた少年の話を覚えておられるのではないだろうか。 

この話を聞いてもマンボウが嫌いというのは、人の道にもとるというものだ。もちろん、その逸話はこの本にも紹介されいてる。1964年4月2日、日向灘沖での出来事であった。救命具もなく漁船から落っこちた山中少年は通りすがりのマンボウに掴まる。そのマンボウ、なんと山中少年を助けるかのごとく、2時間もの間、潜ることなくずっと海面を漂っていたのだ。 

人助け マンボウはただ 寝てただけ

しかし、『マンボウ的にはただ昼寝(体温回復)をしていただけで、山中少年を助けるつもりはなかったことでしょう』と、解説はにべもない。そらまぁそうやろうけど、もうちょっと脚色してくれてもえんとちゃうん。わたしなんか、このマンボウの話を聞いて、幼心に人の命を助けたいと思って医学部を志したんやから。 スミマセン、嘘です 

そう、この本は情にながされることなどない、極めて客観的で科学的なマンボウ本なのである。出版されていきなりだが、稀書と言って間違いない。どうしてかと言うと、マンボウに関する本などほとんど出版されておらず、本邦では何と200年ぶりらしい。それに、これから何年もの間、類書が出されることもないだろう。

解剖から生態から進化から、最新の研究成果、それより何より、飛び上がって着水したらショックで死ぬとかいう、さまざまなマンボウ都市伝説の真贋解説がえらく勉強になる。など、この本がとても優れている、というのが最大の理由だが、それだけではない。個体を入手しにくいので研究しやすい魚ではないし、研究者の数も少ないし、新しい本を書かねばならぬほど、マンボウについての新しい知見が蓄積されそうにないのだ。 

それでも近年は、発信器を取り付けてその遊泳パターンを解析するバイオロギングとか、DNA解析といった技術でつぎつぎと研究成果があがっている。なかでも特筆すべきは、ウシマンボウという新しい命名だ。これには筆者の澤井さんも関係した面白いストーリーがあるので、詳しく知りたい人はぜひ本書をお読みいただきたい。

もうひとつ、マンボウが好意的に受け入れられているのは、『どくとるマンボウ』こと北杜夫の功績が大きいだろう。いまはどれくらい読まれているか知らないけれど、『どくとるマンボウ』シリーズはベストセラーだったし、たしか、高校時代の現代国語の教科書に載っていたような記憶がある。 

どくとるマンボウを名乗るきっかけになったのは、『どくとるマンボウ航海記』にある船医時代のこと。マンボウを見てその魚体がいたく気に入り、『普段はプカプカ浮いて漂うだけだが、逃げる時には驚くような早さで泳ぐ』のに感動したかららしい。 

形のユニークさも、マンボウの好感度アップにつながっている。上にあるマンボウ図鑑を見ていただきたい。マンボウ属にはマンボウウシマンボウ、それから、ここにはないけど、新規に命名されたカクレマンボウの三種がある。ヤリマンボウという、読み方によってはちょっとやらしい魚は、マンボウ科だけれどヤリマンボウ属、クサビフグは名前も形もちょっと違うけどやっぱりマンボウ科でクサビフグ属。どれもが、フグの仲間である。 

アカマンボウというのもいる。ただし、これはからだの本体はマンボウに似ているが、フグ目ではなくてアカマンボウ目と、まったく違う種類の魚である。ちなみに、あの『大阪ソースダイバー』で紹介されている京都のお好み焼の名店『山本まんぼ』の『まんぼ焼き』は、マンボウに似ているところから命名されている。気になる人がいたらあかんので念のために言っておくと、間寛平のギャグ『チャチャマンボ』のマンボは音楽のマンボであってマンボウとは関係がない。 

さて、マンボウ科の魚、どうしてユーモラスに見えるか、おわかりになるだろうか。

マンボウの 鰭は軟条 尾鰭なし

そうなのである、尾びれがないのである。軟条というのは聞き慣れない言葉である。魚の鰭は、柔らかい軟条と固い棘(きょく)からできているのが普通なのだが、マンボウには軟条しかない。まん丸い体と、尾びれがない、そして、鰭が柔らかいというのがマンボウのかわいらしさの所以なのだ。 

魚といえば尾びれで泳ぐものと相場が決まっているのに、それなしでどうやって泳ぐのか、という疑問がわく。山中少年のマンボウも漂っていたのだから、あまり泳がないのかと思っていたのだが、そうではないらしい。 

マンボウの 遊泳時速 約二キロ

時速二キロというのが速いのか遅いのかよくわからないが、バショウカジキと同じくらいと聞くと、結構速い。それに、これまでの世界記録は時速8.6キロで、これは50メートル短水路世界記録とたいして違わない。マンボウ、やるときはやる、ヤリマンボウである。おっと、これはマンボウとは違う属の魚でありました。

どうやって泳ぐかというと、『上下の鰭を左右に振る』のである。ちょっとわかりにくいが、マンボウを90度回転させる(右下)と、ペンギン(左上)と同じ泳ぎ方に見えるようになる。かなり無理があるような気がしないでもないが、そのことから、澤井さんのHPタイトルは『ウシマンボウもペンギンの仲間です』となっている。それはちゃうやろ、ペンギンは鳥やんか…

いくつか紹介したように、マンボウについてのポイントは川柳に要領よくまとめられていて、その総数115。全部暗記したら、間違いなくマンボウのエキスパートだ。まぁ、誰もそんなことするとは思えませんけど

澤井さん、いまはマンボウとは関係のないお仕事、それも任期付きなので、マンボウ関係の常勤職を探し中である。一人暮らしの上、ツイッターによると、最近は持病の結石で苦しんでおられるようだ。泣ける…。ちなみに左図にあるように、澤井さんの結石の形(右下)は、マンボウの稚魚(左上)や、金平糖(真ん中にたくさん)に似てるらしい。そんなことまで章扉の写真にするとは、この本に命かけてますな。ともかく、読み終えた今、マンボウ愛に溢れまくる澤井さんを応援したい気持ちでいっぱいだ。

ジュニア新書とはいえ、子どもだけに読ませておくにはもったいなすぎる。さかなクンも、むっちゃ気合いをいれて本の帯を描いてくれた。さぁ、この本を読んで、さかなクンみたいにギョギョギョっと大マンボウ興奮しよう! 

 

イラストは岩波書店提供 

あまり知られていないが、バイオロギングという研究分野はむっちゃおもろい。この二冊を比べると、ここ数年間における大きな進歩がよくわかる。
 

どくとるマンボウ航海記 (新潮文庫)

作者:北 杜夫
出版社:新潮社
発売日:1965-03-02
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『どくとるマンボウ青春記』もあわせて、 いま読んでも面白いように思う。
 

昆虫の交尾は、味わい深い…。 (岩波科学ライブラリー)

作者:上村 佳孝
出版社:岩波書店
発売日:2017-08-11
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生物系でせめまくる岩波書店。岩波にしては大胆なタイトルだが、内容は大真面目。必見は、岩波書店創業以来初の袋とじ付録!ただし、そのあまりの猥褻度の低さに失神するかも。

 

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