『軌道 福知山脱線事故 JR西日本を変えた闘い』

刀根 明日香2018年05月21日 印刷向け表示
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軌道 福知山線脱線事故 JR西日本を変えた闘い
作者:松本 創
出版社:東洋経済新報社
発売日:2018-04-06
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福知山線脱線事故 ー 2005年4月25日、JR西日本の宝塚駅発の電車がカーブを走行中に脱線、107名の死者と592名の負傷者を出した巨大惨事である。加害企業の発表によると、事故原因は「運転手の不注意とブレーキ遅れ」。つまり、107名の命を奪ったのは、あくまでも個人の注意散漫によるミスが原因であると発表した。

少し時が経ち、国土交通省も事後原因を報告したが、同じような内容で終始している。遺族が再調査や疑問への回答を加害企業に提出しても、返答は変わらない。これが、本事故の遺族と加害企業の闘いの出発地点である。本書は、ここからどのように遺族が加害企業に働きかけ、認識を変えていったのか、10年あまりの闘いが記されている。

著者は、この闘いの全体像を俯瞰して書き出すことはせず、一人の遺族の目を通して書く手法を選んだ。事故で妻と妹を亡くし、娘が瀕死の重症を負った、淺野弥三一。淺野氏の生き様が、この事故を特定のものにせず、「事故を社会化する」ことを成功させたと言っても過言はないだろう。

彼が事故をどう受け止め、何に憤りや疑問や不条理を感じ、どこに原因があると考えてきたか。加害企業とどう対峙し、問題を追及してきたのか。

著者から見た淺野氏の印象は以下のとおりである。

家族を失い、傷つけられた無念とやりきれなさ、加害企業への憤り、原因究明と責任追及への思い、そして二度と繰り返して欲しくないという願いは、いずれの被害者にもあるはずだ。だが、淺野の視点と方法論は独特で、語る言葉は時に難解で、JR西に対する姿勢は鋭く峻烈でありながら、柔和で融和的に見えるところもあった。

このように淺野氏は、今まで著者が接してきた事故や災害の遺族と明らかに違う様子だった。

淺野氏の経歴を振り返ると、大学院修了後、1968年、都市計画コンサルティング事務所に入社。当時は高度経済期の真っ只中で、国や自治体から発注を受け、さまざまな開発計画の策定や調査事業に携わった。一方で、「国土問題研究会」(国土研)にボランティアとして参加し、災害や公害に見舞われた地域で、住民や行政の話を聞き、解決策を模索する活動に没頭した。

国土研の活動の根底にあるのは、住民主体の地域復興である。70年代から90年代にかけて、高度成長政策のしわ寄せが全国各地で災害というかたちとなって住民を苦しめてきた。国土研の一貫した考えは、科学技術は、行政や大企業という強者から、生活者を守るために使うこと。淺野氏は国土研の活動を通じて、”やられる立場”に立ち、行政や企業と対話を重ねて合意点を探るという姿勢をはっきり意識するようになった。

しかし、福知山線脱線事故で彼は「遺族」と呼ばれる当事者になる。これまで被災者や遺族の側に立って出張していたが、いざ当事者となると、これまでの活動が、本当に彼らの支えになっていたのか分からなくなる。

妻への思いや、加害企業への恨みつらみの感情、これまでの活動に対する自問自答を抱えながらも、淺野は歩みを止めることなく、被害者ネットワークを作り、加害企業に幾度も事故調査を依頼する。

一方、加害企業のJR西日本では、企業に蔓延している悪しき企業風土を認識できないでいた。 例えば、事故に関して。JR西日本は調査結果をもとに、事故が起こるのは「100万分の1」という表現を使ったのだが、被災者から言わせれば「それで運営するのがありえない」。安全は100%大丈夫と言い切れないならば、運営してはいけないんだ。そうなのだ、その通りである。でも、「その通り」と認識するには、遺族からの叱責が必要であった。

また、JR西日本の事実解明よりも、責任逃れと組織防衛を優先する姿勢。遺族は、悔しいや悲しい、許せないという感情を一旦横に置いて、同じ事故を繰り返させないための話し合いを欲求するも、JR西日本は企業防衛への意識が強すぎて、遺族と面と向かって向き合えない。記者会見にしても、あらかじめ用意されているFAQの内容しか言わない。FAQは「これさえ言えば、足を踏み外さない」という言わば安全網のようなもの。しかし、そのとおり発言を繰り返させば繰り返すほど、遺族が欲しい真実からは遠ざかってしまう。組織防衛とは一体何なのか。何のために、やるべきものなのか。間違っているのかも、正しいのかも、よく分からなくなる。組織防衛の恐るべき縛りだ。

本書のなかで、著者はこの事件は1995年の阪神・淡路大震災から続いていると考えている。あの頃急速に街を発展させようとした結果、このような問題点だらけのシステムが出来上がり、安全を蔑ろにし、利益を追求出来る人間が会社の権力を握り世の中を動かしてきた。福知山線脱線事故だけではなく、世の中の問題は必ず大きな文脈のなかで起きている。大きすぎて複雑で目に見えないものを、文章にして世の中に残すのは、ノンフィクションの一番大きな役割だと思う。その中でも、本書は本当に丁寧に取材し、考察し、遺族の方に寄り添い完成させた大著だと思う。

なぜこのような事故が発生したのか、それこそ10年経ってようやく整理されたものだ。出来上がったものはシンプルで、10年という歳月がなければたどり着かなかった結論。しかし、それほどシンプルになったからこそ、私たちがその事故を自分事として取り入れることができる。淺野氏の言葉で言えば、「事故を社会化する」ということ。淺野氏の生き様が世の中を変えた。その過程を多くの人に知ってもらいたいと思う。

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