『未来をはじめる 「人と一緒にいること」の政治学』で新しい未来をはじめるための第一歩を踏み出す

村上 浩2018年10月02日 印刷向け表示
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未来をはじめる: 「人と一緒にいること」の政治学
作者:宇野 重規
出版社:東京大学出版会
発売日:2018-09-27
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この本は、東京大学社会科学研究所教授で政治思想史・政治哲学を専門とする著者が、東京都の豊島岡女子学園中学・高等学校で行った全5回の政治を考えるための講義を取りまとめたものである。大学教授による政治講義とはいっても、本書は学生との対話形式で平易な語り口で進められるので、幅広い層の読者が楽しみながら読み通せるはずだ。本書の魅力は分かり易さだけではない。著者は、政治思想史で重要な役割を果たした人物とその発想の根幹を解説していくことで、現代社会を取り巻くさまざまな社会問題を根本から考えるために必要な知恵を与えてくれる。さまざまな政治や人間関係から無縁ではいられない大人にも、多くの発見がある。

政治とは結局、「人と一緒にいるということ」なのだと著者はいう。ホモ・サピエンス以外の類人猿や狩猟採集生活を送る人々を見ても分かるように、人類は誕生したそのときから砂粒の個人として生きてきた訳ではない。「人と一緒にいる」ことは人類に運命付けられた避けられないものなであり、そのありようを考えることが本書の射程である。本書は、人と一緒にいることに伴う喜びや困難というごく身近な感覚が、どのように政治と結びついているのかを説き起こしていく。

「第1講 変わりゆく世界と<私>」は、グローバル化、頻発するテロ、地球人口の増大や先進諸国の高齢化など、激変する世界情勢をどう捉えるべきか、というところからスタートする。世界の不安定化を伝える多くのニュースから、学生たちも世界の行先はより暗くなると考えているようだ。しかしながら、『ジャパン・アズ・ナンバーワン』で予想されたように日本企業は世界を席巻しておらず、フランシス・フクヤマが思うようには『歴史の終わり』はやってこなかった。著者は現代社会や未来を考えるためには「思い込みを捨てて、なるべく長い射程で物事を考えてみよう」と訴える。

第1講では『アメリカのデモクラシー』のトクヴィルを引きながら平等について考え、「第2講 働くこと、生きること」ではジョン・ロールズの『正義論』を中心として社会的正義が語られる。個人的に最も興味深く読んだのが、「第3講 人と一緒にいることの意味」だ。この第3講では、『人間不平等起源論』のジャン=ジャック・ルソーが取り上げられるのだが、このルソーがなんとも人間臭く、紹介されるエピソードがいちいち面白いのだ。

ルソーは傷つきやすい人物でありながら、誰かと100%透明なコミュニケーションを交わして、心の底から分かり合いたいと願っていたという。イケメンで女性にモテたルソーは頻繁に人を好きになってはその人に近づき、果ては「あなたは本当の自分を隠している、自分は傷ついた」と勝手に落ち込んでいたのだそうだ。あぁ、何て面倒くさい。このような厄介な性格がどのように人間の不平等を告発し、社会契約の理論を打ち立てていくことに繋がっていったのかと考えると、授業で習った『社会契約論』がより人間臭く身近なものに思えてくる。本書では、大所高所から語られる複雑で分かりにくい抽象的なものではない政治の姿が語られる。

「第4講 選挙について考えてみよう」では現在の選挙制度が本質的に考える問題点やありうべき改善方法が、「第5講 民主主義を使いこなすには」では全体の議論を振り返りながら、新たな政治の姿をもたらす可能性が具体的事例とともに語られる。全講義を通して、本書ではさまざまな本が紹介されているので、興味を持ったトピックを深掘りすることができる。ルソーとデイヴィッド・ヒュームの大喧嘩を扱ったという『悪魔と裏切り者 ー ルソーとヒューム』や選挙を含めた政治的選択を扱った『多数決を疑う ー 社会的選択理論とは何か』など面白い本がたくさん紹介されているので、読書ガイドとしても読むことができるだろう。

ネット記事にはPV稼ぎのための過激な見出しが、テレビのニュースは興味を掻き立てる刺激的な映像があふれている。本書には、不要な不安を煽るような過剰な言葉や無理やり作り上げられた驚くべきデータは登場しない。著者は、先人達が築き上げたより確かな言葉をもとに、しっかり、じっくりと語りを続ける。それは決して退屈な過程ではない。本書を読み進めるうちに、5分後には忘れてしまうような瞬間的な驚きや興奮よりも、もっと長く、もっと深く持続する知的な刺激を覚えるはずだ。より良い未来をはじめる勇気を与えてくれる一冊である。

政治の起源 上 人類以前からフランス革命まで
作者:フランシス・フクヤマ 翻訳:会田 弘継
出版社:講談社
発売日:2013-11-06
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『歴史の終わり』から20年以上が経過し、フクヤマが選んだテーマは政治の起源。近代国家に必要な要素は何か、どのような場所でそれが実現したのかを膨大な歴史を振り返りながら追い求めていく。レビューはこちら。続編の『政治の衰退』もおススメ。

異端の時代――正統のかたちを求めて (岩波新書)
作者:森本 あんり
出版社:岩波書店
発売日:2018-08-22
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正統はいつ失われるのか、異端はどのように誕生するのか。正統なき現代を、異端をキーワードに宗教的視点から読み解いていく。正統と異端に対する見方を変え、個人主義が蔓延する背景を教えてくれる。

民主主義の死に方:二極化する政治が招く独裁への道
作者:スティーブン・レビツキー 翻訳:濱野 大道
出版社:新潮社
発売日:2018-09-27
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民主主義は暴力によって死ぬのではない。どのようなときに民主主義が失われてきたのかを探り、アメリカでのトランプ現象も読み解く一冊。 

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