『ルポ企業墓 高度経済成長の「戦死者」たち』墓からみた日本人と企業

首藤 淳哉2018年11月29日 印刷向け表示
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ルポ企業墓 高度経済成長の「戦死者」たち
作者:山田直樹
出版社:イースト・プレス
発売日:2018-11-17
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長いこと本を読んでいると、性格が素直じゃなくなる。新しい本を手に取っても、「この手のテーマ、前も読んだことあるな、フン!」などとついつい思ってしまうのだ。すれっからしもいいところである。

だがこの本には驚かされた。まさかこんな切り口があったとは!『ルポ企業墓 高度経済成長の「戦死者」たち』は、文字通り企業が建立した「企業墓」をテーマにしたノンフィクションだ。

聖地として知られる高野山は、年間200万人もの観光客が押し寄せる一大観光地でもある。ここを訪れた人はみな奥之院を目指す。空海御廟に詣でるためだ。

御廟までの約2キロメートルの参道の両側には、織田信長や豊臣家といった名だたる戦国大名の墓所が林立していることで有名だが(ホント物凄い数ある。さながら戦国オールスターズの趣)、実はパナソニックやクボタなどの企業墓が多数集まるエリアでもある。

金剛峰寺域内や周辺も含めると、高野山にはなんと140基もの企業墓があるという。その形態も実にユニークだ。アポロ11号を模した慰霊碑があるかと思えば(新明和工業)、巨大なカップ&ソーサー(UCC上島珈琲)がある。巨大なヤクルトもあれば福助人形だって鎮座している。著者は取材中、外国人観光客からしばしば「ここは誰のGRAVEなのか?」「こんなTOMBがなぜ高野山にあるのか?」と質問を浴びせられたというが、聖地にこのようなデザイン墓があることに彼らは一様に驚くらしい。

個人的にインパクト大だったのは、なんといっても「日本しろあり対策協会」の慰霊碑だ。「しろあり やすらかに ねむれ」の文字が刻まれた供養塔はいちど見たら忘れられないインパクトがある。会のホームページには「生をこの世に受けながら、人間生活と相容れないために失われゆく生命への憐憫と先覚者への感謝の象徴」とある。著者がイギリス人観光客に説明したら腹を抱えて笑われたそうだが、このように駆除対象の害虫と駆除した人間の双方を祀るのは、たしかに日本独特の感覚かもしれない。

ちなみにこのような企業墓は比叡山にもある。こちらは高野山よりも少ない30基ほどだ。「日本の総菩提寺」の呼び名もある高野山に対し、比叡山はあくまで仏教の学舎を志向しているためだが、それでも佐川急便や丸大食品といったそうそうたる企業が名を連ねる。

ところで「企業墓」とはいったいなんだろうか。なぜ企業は墓をつくるのか。ありがちな説明としては、古くからの家父長制が会社形式になっても残り、企業がひとつの家のように進化した、といったストーリーが成り立ちそうだが、著者はこうした見立てを否定する。日本的経営の象徴とされる終身雇用と年功序列はそもそも創設当時の日本企業にはなかった。資本主義の黎明期に幅をきかせていたのは血も涙もない実力主義で、労働市場の流動性も高かった(それは反面、労働者の権利が確立されていなかったということでもある)。

著者が調べた範囲では、日本でもっとも古い企業墓は、荒川区西日暮里の日蓮宗寺院・本行寺にある「伊勢丹社員之墓」だという。すぐ隣には創業家の名前を冠した「小菅家忠勤者之墓」と記された暮石もある(「忠勤者」という表現がスゴイ)。造立は1918年。大正時代である。「サラリーマン」という和製英語が使われ始めたのが大正時代半ばだから、この頃から家長(経営者)とその子ども(社員)という構図が出来始めたのかもしれない。企業はひとつの家、運命共同体というわけだ。

やがて労働組合運動の高まりに対抗して、戦時下に労使一体の生産活動を推進する目的で「産業報国会運動」が展開された。「企業=家」という構図はますます強化されていく。戦後もこの体制は温存され、良くも悪くも日本の高度経済成長を支えることになった。

企業墓もこうした流れを反映しているようだ。高野山でも奥之院には戦前造立組の墓所が集まっているが、戦後に開設された墓地エリアには、日産自動車やシャープなどかつての日本経済を牽引した産業分野の企業墓が並ぶ。平成になって開設されたエリアにも新しく建てられたものがあるというから、相も変わらず企業墓の需要はあるのだ。

ここで不思議に思う人もいるかもしれない。企業墓はいったいなにを祀っているのか。つまり「お墓の中身」はなにか。

ほとんどの企業墓には「遺骨」は納められていない。つまり慰霊や供養の象徴として建てられたものだ。ただ、供養や慰霊となると関係者すべてが対象になるわけで(「霊の合祀」)、個人の「信教の自由」との兼ね合いの問題が出てくる。著者が取材したところ、さすがに合祀を会社の規則にまでしているような企業はなかったそうだが、その一方で、いまでも職場の朝礼で社訓などを唱和したり、仕事はじめに神社に集団参拝したりするような企業は存在する。そうした姿は、まるで何かを信仰する集団のようだ。

本書を読みながら意外だったのは、墓に対する企業の反応だ。「高野山や比叡山に企業の墓が密集している」という話を聞きつけ取材を始めた著者が、当の企業に問い合わせると、そっけない答えしか帰ってこないことが多かったという。「創業○○周年で建てた」などの回答はまだましなほうで、「その件についてはお答えできない」とか「社名や(墓の)写真は掲載しないでほしい」などといったネガティブな回答も少なからずあったという。

著者はそうした反応から、過去の経営者がつくってしまった「負のレガシー」を封印したいという認識があるのではないか、と推測する。実際、社史やリリースに記述のないケースも多いという。

企業墓の中にはブラック企業として有名になってしまったところもある。そうした企業は過去を消し去りたくて当然だろう。

だが著者は、成功した企業の企業墓も「以後の経営者や従業員に“裏切りを許さない”というマニフェストとも捉えられる」という見方を提示している。陰陽師風に言えば、企業墓を建てることがまるで呪(しゅ)をかけることでもあるかのようだ。企業の未来にかけられた呪……。成功しても失敗しても、企業墓の存在は、その企業の未来を縛るものなのか。

バブル時代に経営破綻したり、吸収合併されたりして、いまでは痕跡を辿るのさえ難しい企業墓も存在する。本書に記されたそれぞれの墓のエピソードからは日本企業の栄枯盛衰がみえてくる。

茨城県の鹿島神宮にある「要石」をご存知だろうか。地震を起こす「大鯰」の頭を押さえているとされる石だが、著者はこのひそみにならって、企業墓の下には、「高度経済成長時代の呻吟や苦杯が詰まった霊たちが封印されている」のではないかと想像を逞しくする。企業墓は、「社員=戦士」として死んだ者たちが怨霊となってこの世に災いをもたらさないための要石、というわけか。

無神論者の著者ですら取材するうちにそのような妄想をかき立てられてしまった企業墓。その面妖な魅力をぜひ本書でたっぷりと堪能していただきたい。

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