『日本4.0 国家戦略の新しいリアル』エドワード・ルトワックによる新提言

鰐部 祥平2018年11月28日 印刷向け表示
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日本4.0 国家戦略の新しいリアル (文春新書)
作者:エドワード ルトワック 翻訳:奥山 真司
出版社:文藝春秋
発売日:2018-09-20
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米戦略国際問題研究所(CSIS)上級顧問で戦略家のエドワード・ルトワックの新刊である。前著『戦争にチャンスを与えよ』は紛争が長引く原因として、人道的支援という美名の下で国際社会が紛争に早期介入するためだという、口にしがたい現実を鋭く指摘して話題になったので、記憶している方も多いのではないだろうか。

前著の内容を知らず「それはどういうことだ?」と疑問に感じた人のために改めて簡単にではあるが著者の主張を解説してみると、紛争当事者たちが疲弊しきる前に国際的な圧力を加え早期講和を結ばせても、勝ち負けが判然としない上に物心双方において戦う力が余っているので小競り合いが何十年も続いてしまうといった内容だ。

人道支援のために国連などから支給された支援物資が戦闘員に横流しされた挙句にゲリラが難民キャンプなどを活動拠点するなどし、劣勢に立たされている側が完全な敗北を免れているために、負けを認めずズルズルと小規模な紛争を続けてしまい、より多くの人道的な危機を生んでいるとし、いくつかの紛争の実例を上げ指摘する。これは、現代の紛争のリアルな姿ではあるのだが、人権という価値観が何よりも重きをなす先進国の社会に生きる身としては、指摘し批判するにはかなりの勇気が必要だろう。このような、歯に衣着せずに現実だけを重視し理論を進めていくのがエドワード・ルトワックの魅力であろう。

そんな著者の新刊は『日本 4.0』だ。題名の通り日本がこれから取るべき国家戦略、特に安全保障の面に関する提言だ。ルトワックはまず、日本の歴史を四百年ほど遡り、江戸時代を日本1.0とする。戦国の世を治め、内戦を長期に渡り封じ込めた徳川家康を最高レベルの戦略家として絶賛する。著者は家康がとった完璧な「ガンコントロール」などを例に挙げ、日本人が自らを「戦略下手」と考えているのは間違いだとする。

日本2.0は明治時代だ。それまでのシステムでは時代の変化に対応できないと悟った日本人は、新たに「明治システム」を構築し近代化へとまい進する。非ヨーロッパの国々で包括的な近代化に成功したのは日本だけであり、日本の近代化への徹底振りを高く評価。しかも、それが旧特権階級である侍によって行われた事は画期的な事例だとしている。

日本3.0は「戦後システム」だ。アメリカにより陸海軍の再建を禁じられた日本は、その力を経済の発展に集中。安全保障はアメリカとの同盟に依存し「同盟メンテナンス」に注力する事で過去70年間、驚くほどの低コストで平和を構築してきた。これは軍事的敗北を経済的勝利に変えることができる驚異のシステムだ。このシステムを作り上げる事に成功したのは、日本人が軍事的敗北を素直に認めたからだと著者は喝破する。これは上記の『戦争にチャンスを与えよ』の内容を踏まえて考えれば、著者の意見が胸にストンと落ちるだろう。著者は日本とは対照的な例としてパレスチナやアラブ諸国をあげる。彼らが躓きから立ち直れないのは、第三次中東戦争の敗北を未だに受け入れられないためだと厳しく指摘する。日本の「戦後システム」は間違いなく稀有な成功例なのだ。

しかし、いま日本を取り巻く国際情勢の変化により3.0のシステムが急速にその価値を失いつつある。中国やロシアには3.0システムは今でもある程度有効に機能するが、北朝鮮なような抑止戦略の効果が限定的な国家が核武装を始めた今、日本は4.0への移行を迫られているのである。

ではルトワックが考える「日本4.0」とはどのようなものなのだろうか。まず彼は日本の核武装には強く反対する。現代の核兵器は強力すぎて有効性の限界点を超えた兵器だとして、核兵器を使用すれば、どんなに正当化しても国際社会はその国を「まともな国家」として認めなくなるだろうという。北朝鮮のような国ならまだしも、核兵器は日本のような国には無用の兵器なのだ。

核兵器とは、その国のリーダーが「正気ではないことが確証された場合」にだけ有効なものなのだ。

また核武装するためには国論を二分する議論が永遠と繰り返され時間を空費する上に、核武装するために膨大な予算が必要になる。それよりも、通常兵器を強化し、自衛隊に「先制攻撃」を可能にする能力を与えるべきだとする。先制攻撃というと侵略的イメージが強いだろうが、弾道ミサイルと核兵器を開発し、撃つぞと脅してくる国が近くにある以上、先制攻撃は「防衛」の手段なのだ。この点は議論を呼びそうな主張ではあるが、真剣に考察する必要性がある問題だろう。そして、先制攻撃のための「作戦実行メンタリティ」こそが、これからの自衛隊に必要なものだと著者は語る。

ただし、ここまは、巷でもよく議論されている事であり、目新しい主張とは言いがたい。本書の真骨頂は作戦実行能力を自衛隊が獲得するためには、どのような組織、特に特殊部隊を持つべきかを、踏み込んで言及している点だ。

ここで重要になってくるのが戦争文化の変化だ。著者はナポレオン時代から第二次世界大戦までを「ナポレオン戦争」と定義する。ナポレオン戦争とは偉大な国家の目的のために大規模な作戦を行い、膨大な犠牲を払いながら劇的な成果を出すことが求められる戦争だ。ナポレオンによって生み出され、クラウゼヴィッツによって体系化された、この戦争形態は産業革命以前と産業革命初期の人口動態と多産多死という社会の常態によって可能だった戦争文化だとする。一方で少子化が進んだ現代では、ナポレオン戦争のような戦い方は受け入れられることはない。犠牲に対する許容範囲が全く違ってきているのだ。著者は現代の戦争を「ポスト・ヒロイック・ウォー」と定義する。犠牲を極力忌避するという戦争文化は18世紀のヨーロッパやローマ帝国など高度に訓練された職業軍事で組織され、かつ人的資源が制約されている状態では、歴史的にしばしば見られるという。

犠牲を回避する戦い方はもちろん素晴らしいのだが、ここで著者は行き過ぎたリスク回避が逆に無駄なコストと及び犠牲の増加、さらには紛争の長期化に繋がっているというパラドックスを提示する。特にアメリカの特殊部隊の異様なまでのリスク回避の姿勢と、その結果として行われるグロテスクなまでに複雑化した作戦とその失敗例をいくつか提示して批判し、決して自衛隊はこのようなアメリカ型の特殊部隊を持つべきではないとする。著者が高く評価するのはイスラエル型の組織である。

さらに今、主戦場は地政学から「地経学」(ジオエコノミックス)へと移りつつあるとして、地経学の概念を定義する。現在、起きている米中の激しい対立を地経学から読み解いている最終章は、現在進行形で起きていることだけに興奮しながら一気に読めてしまう内容だ。「日本4.0」は先制攻撃能力意外にも、この地系学をもその戦略に織り込む必要があるのは確かであろう。

戦争にチャンスを与えよ (文春新書)
作者:エドワード ルトワック 翻訳:奥山 真司
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中国4.0 暴発する中華帝国 ((文春新書))
作者:エドワード ルトワック 翻訳:奥山真司
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発売日:2016-03-18
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