『行列日本一 スタミナ苑の 繁盛哲学』ホルモンを制する者は、焼肉業界を制す

2018年12月26日 印刷向け表示
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もうかれこれ30年くらい前になるだろうか、料理評論家の山本益博さんが食のコラムに、「日本一美味い焼肉屋を見つけた!」と、スタミナ苑のことを書いていた。

こう言われて行かない訳には行かないだろうということで、当時まだ大企業に勤めるサラリーマンだった私は、肉好きの後輩を連れ立って行ってみた。

その時の衝撃は今でも忘れられない。カルビ、ロースなどの特上の肉から、レバー、ギアラといった新鮮なホルモンの数々。間違いなくこれは日本一だと思った。一緒に行った後輩も大興奮だった。

昔から焼肉は好きだったが、どちらかと言うと焼肉屋というのは安かろう悪かろうで、腹を空かせた若者が食べ放題の店に行くイメージだった。本当に美味しい肉は、銀座辺りの一流ステーキハウスで食べるものだという先入観もあった。

それから30年。これまで数多くの有名焼肉店に通ってきた。そして、食べ歩きが高じて、食通の友人たちと日本ガストロノミー協会を立ち上げることになった今でも、焼肉を食べるならスタミナ苑が日本一だという思いは変わらない。

勿論、最近、日本でも流行っている赤身の熟成肉は、更に本場のフランスやスペインの一流店で食べると、本当に美味しいと思う。只、日本の焼肉はまたそれとはちょっと立ち位置が違うのである。

先日、パリのミシュラン一ツ星レストラン「パージュ」のオーナーシェフで、フランスで長く修行を積んだ肉のエキスパート、手島竜司シェフから肉の美味しさについて、スタミナ苑を話題にあげながら話を聞いた。

彼によれば、 肉の美味しさには、赤身のタンパク質の美味しさと、サシが入った脂身の美味しさの二種類があって、フランスやスペインで食べる赤身の熟成肉と日本の焼肉屋で食べる霜降りの和牛では、美味しさの質が全く違うのだそうだ。

だから、これに優劣をつけるのはなかなか難しいのだが、日本式焼肉の世界では、間違いなくスタミナ苑が一番だと思う。

また、いわゆる正肉が美味しいのに加えて、スタミナ苑はホルモンの美味さが半端でない。グルメ漫画「美味しんぼ」の中で、本場フランスに比べて、肉食の歴史が浅い日本は、まだまだ内臓の味わい方を知らないという話が出ていたが、スタミナ苑に来ればそんな思い込みはすっかり吹き飛んでしまう。スタミナ苑のホルモンは、世界中の一流シェフが、その味を確かめに来るのである。

ホルモンは正肉と流通ルートが違うし、供給量が限られているから、内臓専門の問屋と信頼関係がないと買うことができない。お金を出したら誰でも買えるという訳にはいかないのである。私が関わっているリゾート会社でも、以前、生きた牛を一頭丸々購入したら、実際に届けられたのは内臓が全部取り除かれた「牛一頭」だった。

ホルモン一筋45年。「生ける伝説」「ホルモン馬鹿」と呼ばれる、本書の著者でスタミナ苑店主の豊島雅信さんいわく、「ホルモンを制する者は、焼肉業界を制す」のである。豊島さんの長年の努力が実り、スタミナ苑は、1999年には「ザガット・サーベイ」の日本版で総合一位を獲得し、2018年には「食べログアワード2018ゴールド」も受賞している。

スタミナ苑は予約を受け付けていないので、開店前から並ばなければならない。だが逆に、並べば必ず入れる。一年や二年先の予約を取らなければならないという、敷居の高い店とはちょっと違うのである。勿論、平日は5時開店のところを4時には行って並んでいないと、一回転目では入れないが。

店の場所も、足立区鹿浜という東京都心からはかなり遠い、赤羽駅からタクシーで15分くらいのところにある。「陸の孤島」と呼ばれる場所で、かなりハードボイルドな感じが漂っているが、本書の末尾に書かれているように、豊島さんはここから動くつもりは一切ないと言う。

「うちの店は、この鹿浜という場所にあるからいいんだと思うよ。赤坂や六本木に出したら喜んでくれるお客はいるだろうけど、ここから他の場所に、ましてや都心に移る気なんてさらさらない。うれしいことに、東京駅近くの新丸ビルができたときも誘いがあったけど、断ってしまったな。僕は土地とかそういうものにステータスを感じないんだ。

昔はファーストクラスに乗ったり、いいものを身につけたり、そんな自分がかっこいいって思ってたときもあった。でもさ、お金の無駄だよね。韓国へ飛行機に乗って行く時も、たかだか2時間に何十万も出してさ。「ああ、バカらしい」って、徐々にそう思うようになってきたんだ。カッコつけることをやめたわけじゃない。カッコ良くいたいさ、そりゃ男だもん。でもね、この歳になって、やっと気がついたことがある。僕は、ホルモンやレバーを切っているときが一番格好いいんだ。

開店と同時に「いらっしゃい」って大きな声であいさつする。客が続々と入ってきて、みんなが注文をする。僕と兄貴が作った料理、肉、そしてホルモンを従業員が運ぶ。みんなが笑顔になる。その様子を僕はこの場所で眺める。最高だよ。ここはスタミナ苑という名の僕たちの舞台なんだ。」

有給休暇を取って、平日の夕方4時から並んで思いっきり焼肉を堪能する。そういう非日常もたまには良いのではないだろうか。

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