実録自伝!旧ソ連の女ゴルゴ13 ”最高の女性狙撃手 レーニン勲章を授与されたリュドミラの回想”

仲野 徹2018年12月27日 印刷向け表示
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最強の女性狙撃手:レーニン勲章の称号を授与されたリュドミラの回想
作者:リュドミラ・パヴリチェンコ 翻訳:龍 和子
出版社:原書房
発売日:2018-11-27
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すごい本だ。もしこれが小説なら、荒唐無稽と片付けられてしまうに違いない。ノンフィクションの醍醐味をこれほど味わえる本はない。今年最高の1冊と断言しよう。

旧ソ連、ウクライナ生まれの女性狙撃手、リュドミラ・パヴリチェンコの自伝である。軍需工場で射撃の経験があったリュドミラは、ドイツ軍のソ連侵攻の翌日、狙撃兵としての入隊を志願する。軍における女性の仕事は衛生兵しかないとされていた中、パヴリチェンコは狙撃兵としての任務につくことになる。

経歴だけで、その能力が秀でていたかがわかる。第二次世界大戦の初期、わずか一年ほどの間に狙撃して死にいたらしめた「確認戦果」は309名。おそらく実数は500名にのぼり、うち36名は狙撃手だったともされている。この数がいかにすごいかは、まず狙撃手がどのようなものかを知らねばならない。使うのは機関銃ではなくてライフルでの一発勝負だ。

前進する敵戦線の将校をひとり排除し、それによって敵の攻撃を阻止する。

戦術上、極めて高度な軍務なのである。それだけに、狙撃手は敵の怒りを買う。捕まるやいなや殺される運命にあった。女性の場合は性的な陵辱をうける可能性もあったため、常に自殺用のトカレフを携帯しなければならなかった。

従軍したのは、ソ連軍がナチスおよびルーマニア軍に攻撃され、後退を余儀なくなれたオデッサとセヴァストポリでの戦闘であった。困難な退却戦の中、赫々たる戦果をあげていくさまが淡々と描かれていく。狙撃が無傷でおこなえたわけではない。敵軍の攻撃により、あわや致命傷という負傷をなんどかうけている。

いくつもの戦闘のことが描かれているので、紹介するときりがない。ひとつだけ、最も壮絶な、敵の狙撃手との一騎打ちのことだけを書いておこう。セヴァストポリの最前線で、将校二名を含む五人のソ連軍人が二日の間に狙撃された。それも、正確に頭を打ち抜かれて。ドイツ軍最高クラスと思える狙撃兵があらわれたのだ。隊の指揮官がリュドミラに対策、すなわちその兵を狙撃することを命じる。

リュドミラは、優秀な狙撃手なら自分と同じような思考に基づいて行動するはずだという考えから、敵狙撃兵の隠れ場所を割り出す。そして、苦労の末、標的の眉間を撃ち抜いた。その経緯を読んでいる間、息をつくことさえできなかった。

敵狙撃手の位置を突き止めたら、いわゆる狙撃手の決闘がはじまります。照準器越しに敵狙撃手の目が見え、髪の毛もわかりますが、敵にも自分のことが同じように見えています。ここまでくると、ほんの一瞬の差ですべてが決まるのです。こうした決闘では、狙撃手は数時間もじっとして身動きしません。疲弊して、汗も出ないほどです。

思われたことがないだろうか。ゴルゴ13がノンフィクションだったらどれだけすごいだろうか、と。しかし、ここでは、そのような話が自らの実体験として一人称で語られているのだ。

鉄のように冷徹な女と思われるかもしれないが、そうではなさそうだ。狙撃手として従軍中に恋におち、同僚の少尉と結婚する。ちなみに、かなり若いころに、自らが過ちという結婚をし、子どもも設けている。表紙にもある写真を見ると、精悍なロシア美人という印象である。

新婚生活はわたしの狙撃に驚くほどよい効果を生んだ。銃弾はよく飛び-わたしが設定した弾道に沿ってではあったが-ターゲットが自分から姿を現してくるように思えるほどだった。

無敵だ。しかし、戦線においていっしょに朝食をとっていたとき、敵の爆撃によって愛する夫は死亡し、悲嘆にくれる。その後も狙撃兵として活躍したが、何度目かの負傷の後、戦闘任務のない部隊への異動が命じられる。おそらく、狙撃手としての名声がたかまった英雄、それも女性だ、を失うことをソ連軍指導部が恐れたのであろう。

狙撃兵としての活躍は、この400ページあまりの本の三分の二ほどである。しかし、そこで活躍がおわった訳ではない。スターリン本人から命をうけ、サイン入りの英語の辞書を贈られ、国際学生会議に出席するために渡米する。

その時代の米国とソ連は、連合国側の同盟国である。リュドミラの飾らない魅力もあり、ソ連は多額の戦時寄付金を集めることに成功する。それよりもすごいのは、大統領夫人エレノア・ルーズベルトとリュドミラが親交を結ぶようになったことだ。しかし、それは最初からうまくいったわけではなかった。

敵の顔が望遠照準器を通してはっきりと見えたとしても、それでも射殺する。リュドミラさん、アメリカ人女性にとっては、そんなあなたを理解するのはむずかしいでしょうね。

と、不快さを隠さない質問をホワイトハウスでの朝食会で投げかけられる。「夫はセヴァストポリで、わたしの目の前で命を落とした。わたしにかぎって言えば、わたしのライフルの望遠照準器を通して見えた顔はすべて、夫を殺した敵のものなのだ」と考えるリュドミラは、あなたがたアメリカ人とは状況がちがうでではないかと、敢然と応じた。

長年、アメリカは戦争を知らずに来ています。あなたの国の町や村や施設を破壊する者はられもいません。その住民を、姉妹や兄弟、父親を殺す者はだれもいません。

リュドミラのこういった忌憚のない発言や態度にルーズヴェルト夫人は大きな理解を示し、私邸に一週間の滞在を招待されるまでになる。

そこでのエピソードは微笑ましい。リュドミラは、遊んでいて池にはまり、びしょ濡れになってしまう。それを見たルーズヴェルト夫人は、自分のパジャマを持ってきて、寸法をあわせて縫い直してくれた。このことにリュドミラは心底驚いたという。そんなこんなで、二人はますます親しくなっていく。

この旅行は予定を大きく越えて4ヶ月にも及んだ。ハリウッドでは、チャップリンがひざまずいて、リュドミラのすべての指にキスをした。怪しげな大金持ちには結婚しようと言い寄られた。帰路に立ち寄った英国ではチャーチルにも面会した。戦時下の英雄であったことを差し引いても、相当に魅力的だったのだろう。

自伝というのは、えてして誇大になりがちだ。しかし、この本の内容はきわめて謙虚である。終戦を待たずに退役したリュドミラは、入隊前に学んでいた歴史学を学び直そうと大学へ戻り、学位をとった。そのようなバックグラウンドが、正確で抑制の効いた内容につながり、静かな興奮をよびおこす。

現代の戦争では、狙撃手の重要性が著しく低下しており、男女問わず、もうこのような狙撃手は出てこないだろう。そう、リュドミラ・パヴリチェンコは世界史上最高の女性狙撃手なのだ。その素晴らしき自伝、読まずに死ねるか!
 

白い死神
作者:ペトリ サルヤネン 翻訳:古市 真由美
出版社:アルファポリス
発売日:2012-03-01
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土屋敦の最高傑作ともいわれるHONZ伝説のレビューが書かれた本。残念ながら絶版です。

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