『文系と理系はなぜ分かれたのか』単純だが、悩ましい分類のこれまでとこれから

2018年12月27日 印刷向け表示
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文系と理系はなぜ分かれたのか (星海社新書)

作者:隠岐 さや香
出版社:講談社
発売日:2018-08-26
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理系か文系か、この二分法は、日常に浸透し、まるで血液型のように、はじめて会う人同士の話題になることが多い。そして、文系であるか理系であるかでレッテルを貼り、個人を理解しようとする。Wikipediaの「文系と理系」というページで展開されている「文系と理系を巡る観念的な印象」は、その代表例である。

4.1数学のできない「普通の」文系、それ以外の「特殊な」理系
4.2文系は優雅、理系は律儀
4.3文系は言葉で考える
4.4文系は前提の吟味をしない
4.5理系は会話下手
 4.5.1理系男子は結婚できない
4.6理系にはオタクが多い
4.7男子は理系、女子は文系
                    (Wikipediaより引用)

得意科目ならまだしも、性格、コミュニケーション能力、就職や結婚の適性など、過剰に二分化されている。高校時代に明確な理由を持って文理を選択した人もいれば、なんとなく選択した人もいるだろう。しかし、文系であるか、理系であるかで世間は勝手にイメージや評価を決めつける。それに迷惑した人も(あるいは得をした人も)少なくはないだろう。

そして、個人だけでなく、社会全体でも文系と理系の二分法は強固な分類として猛威を振るう。某省庁が発信した文系を軽視する文書は議論を生み、おおいに世間を騒がせた。また、鳩山内閣は首相が理系で、閣僚に理系出身者が多く、戦後初の理系内閣と話題となった。

欧米諸国でも文系と理系とを分けることはある。しかし、日本ほどかっちり2つに分類されてはいない。なぜ、日本では、文系と理系を真っ二つに分けるようになったのか、その経緯はどんなものだったのだろうか。

時代をさかのぼること明治時代、当時は海外から様々な学問がもたらされた。そのなかで、日本の知識人が驚いたのは、学問が様々な分野に細分化されていたことだった。東アジアにはそのような考えが無かったからである。

そして、西周はscienceに、ばらばらにわかれた学問という意味である「科学」という訳語をあてはめた(1830年代、実験教育が効果的な方法として定着した英国で、scientistという言葉が使われるようになったが、「自然科学にばかりに夢中になっている人」という意味の込められた言葉で、皮肉交じりのものだった)。また、文化系専門科目を「心理上学」、理科系専門科目を「物理上学」と呼ぶことを提案した。

文系と理系の二分割の大きな決め手は1910年代にある。大学入学試験の準備段階で、文系志望・理系志望に二分する方式が定着していったのだ。背景にあったのは、一刻も無駄にできない欧米列強との争いの中で、法と工学の実務家育成が急務であったことだ。国家の発展に資する人材を育成する役割を大学が担っていた。その傍らで、人文科学系は就職の進路は限られ、理系の中でも理学部出身者は、基礎科学離れをその当時から憂う議論を展開していた。ただし、その頃の大学生は全人口の1%のエリートである。

第二次世界大戦時には兵器開発研究のために理系が重宝され、文系学生は真っ先に学徒動員のターゲットにされた。科学技術という言葉はこのころから盛んに使われるようになり、敗戦後も経済成長のために、科学技術の重要性は叫ばれ続けた。次いで、高度経済成長期真っ只中の1960年3月、岸信介内閣の松田竹千代文部大臣が、物議を醸した発言をする。

国立大学の法文系学部を全廃し、国立大学を理工系一本槍とし、法文系の教育は私学に委ねるべし

さすがに実現することはなかったが、その後、理工系学部の定員は大幅に増やされた。背景には日米安全保障条約の改定に反対する学生運動があった。「法文系学部」の学生たちが活発な参加者であるとみなされていたのだ。

「植民地化されない国家の建設」と「経済成長」という明確な目標を追いかける過程で、文系と理系の分類は生まれ、定着していった。一旦生じた分類は、文系と理系の世界に集まる人や顔ぶれや、就職活動におけるイメージ、研究資金の流れに影響を与え、分類そのものを再生産していった。

これからの文系と理系の分類はどうなっていくのだろうか。著者が本書を書き始めたときに持っていた展望は、文系と理系の2つの文化は、だんだんと近づいて一つになっていくのだろうと楽観的なシナリオを想定していたそうだ。しかし、筆を進めるにつれて、その見解は変化し、学際的な研究の成長など、統一に向けたいくつかの兆しはあるが、急速な変化は起こりえないだろうと考えている。

また、一章を割いてジェンダー問題が取り扱われていることは本書の特徴のひとつである。医学部入試における差別問題は特段取り上げられていないが、女性の理工系分野への適性についての論争、男性の言語リテラシー向上問題は医学部入試の問題を考える上での補助線にできそうだ。

日本の高校生の多くは、文系か理系かの二択を突きつけられる。本書を読んで、よりよい選択ができるようになるかは読み手次第だが、知らないうちに染み付いた常識を疑い、文系・理系のバイアスを外すことはできるだろう。必要なときに、必要なことを学ぶジャスト・イン・タイム学習の格好の素材だ。

理系バカと文系バカ (PHP新書)

作者:竹内 薫
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理系に学ぶ。

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