『肉声 宮崎勤30年目の取調室』初めて明かされた「肉声」が語る真実

首藤 淳哉2019年01月29日 印刷向け表示
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肉声 宮﨑勤 30年目の取調室
作者:安永 英樹
出版社:文藝春秋
発売日:2019-01-25
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「声」は多くのことを教えてくれる。
その人が信頼できる人間か、それとも嘘をついているか。
心から楽しんでいるか、あるいは不安を感じているか。
どんなに表面を取り繕ったとしても、「声」だけはごまかすことができない。
長くラジオの仕事に携わっているとそのことが経験的にわかる。
「声」にはその人の本当の姿が現れるのだ。

1988年8月から翌年の6月にかけて、埼玉と東京で相次いで幼い女の子が誘拐され、殺害される事件が起きた。犯人は「今田勇子」を名乗り、「犯行声明」や「告白文」を遺族やメディアに送りつけ、事件は劇場型犯罪の様相を帯びた。また被害女児の遺体を切断し遺棄するという残虐な手口は世間を震撼させた。

だが逮捕された犯人は、一見残忍そうには見えない色白で小太りの男だった。男の名は宮崎勤(当時26歳)。昭和から平成へと時代が変わるタイミングで日本中を恐怖に陥れた凶悪犯は、なんとも冴えない風貌の男だった。

逮捕後は、宮崎の部屋にあった膨大なビデオテープやエロ漫画誌などがメディアによって短絡的に犯行と結びつけられ、「おたく」というイメージが流布された。宮崎自身も公判で、「ネズミ人間が現れて女の子を襲った」「(殺したのは)死んだ祖父を生き返らせるための儀式」といった意味不明な発言を繰り返したため、二度にわたる精神鑑定が行われた。

この時、最初の精神鑑定では「人格障害」(現・パーソナリティー障害)、二度目の精神鑑定では「多重人格」(現・解離性同一性障害)と「精神分裂病」(現・統合失調症)という、それぞれ異なった鑑定書が提出されている。

ところが事件から30年が経ったところで、この事件を新しい視点で見ることのできる機会が訪れた。フジテレビ報道局が宮崎勤の取り調べの模様が記録された音声テープを入手したのだ。

テープは、宮崎が逮捕された直後の1989年8月13日から26日までの14日間、120分テープ27本分にもおよぶ。その中には、取り調べにあたった警視庁捜査一課の大峯泰廣警部補(当時41歳)と宮崎のやり取りが克明に記録されていた。音声テープの内容はその後、特別番組としてオンエアされている(『衝撃スクープSP 30年目の真実〜東京・埼玉連続幼女誘拐殺人犯 宮崎勤の肉声〜』2017年10月7日放映)。本書は、番組では伝えきれなかった肉声をできる限り再現し、宮崎勤の実像に迫ろうとしたものだ。

初めて宮崎の肉声を聴いた時、著者は「拍子抜けするくらい“まともな人間”」という印象を抱いたという。意外にもそこには異常性を感じさせるような気配がまったくなかった。この「声」に関する著者の第一印象はきわめて重要だ。

その一端は、紙面上で再現された取り調べの模様を文字で追うだけでもうかがえる。たとえば宮崎と大峯警部補とのやりとりはこんな具合だ。

大峯 おう!勤、お茶を飲め!
宮崎 ありがとうございます。……(音声が聞き取れず)
大峯 何?
宮崎 (お茶が)黄色いから。
大峯 渋くないだろ?渋いか?渋い方が眠気取れる。
宮崎 はぁ、そうっすか……。ああ、ぬるくてちょうどいいですね。

しっかりと意思疎通がとれている。一連のやりとりをみても、宮崎は決して他人とコミュニケーションがとれない人間ではない。もっともこうして雑談を重ねているだけではない。大峯警部補は、「トリカブト保険金殺人事件」や「ロス疑惑」をはじめ、数々の重大事件を担当した警視庁きっての敏腕刑事である。さまざまなテクニックを使って、宮崎に揺さぶりをかける。

大峯 宮崎、お前が今までにやった悪いことを教えてくれよ。
宮崎 ……悪いこと?
大峯 そう。
宮崎 ……立ち小便をしたことがあります。
大峯 それから?
宮崎 運転中にガス欠になって、道を渋滞させました。
大峯 うん、それから?
宮崎 ……妹を殴った。
大峯 何で殴った?
宮崎 ……車の運転が下手だって言われて。
大峯 良くないな、それは。それから?
宮崎 ……万引きしたことがあります。ビデオ屋で。

こうして次々に宮崎にこれまでやった「悪いこと」を挙げさせていくのだ。その狙いを大峯氏はこう語っている。「悪いことを挙げさせると、だんだんネタがなくなってくる。そうすると自分がやった犯行について犯人は気にせざるを得なくなって、それが態度や言葉になって出てくるんだ」

余談だが、かつてある自己啓発セミナーを取材したことがある。そこでは「欲しいもの」を次々と挙げさせていた。「あなたが本当に欲しいものは何ですか」となんども聞かれるのだ。あの時の内面が丸裸にされていく感覚を思い出した。

取り調べの突破口となったのは、宮崎がふと漏らした一言だった。宮崎は当時、東京都西多摩郡五日市町(現・あきるの市)に住んでいたが、趣味のカメラで女性を盗撮するスポットとして「有明とか……」と述べたのだ。

この一言で大峯氏は、一連の事件の犯人は宮崎だと確信する。当時、圏央道は開通しておらず、五日市から有明までの移動は相当な時間がかかった。しかも有明のそばには、被害者のひとりが住んでいた団地があった。

取調室での息詰まる攻防は、ぜひ本書をお読みいただきたいが、一連のやりとりを通してわかるのは、取調室は、徹底して「リアル」の論理が支配する空間だということだ。取調官は粘り強く宮崎の供述の矛盾を突いていく。わずかでも説明に曖昧な部分があれば、根気強く潰していくのである。「犯行は計画的なものではなく、偶発的だった」とする宮崎の主張を突き崩してく過程は迫力がある。

その後の裁判で宮崎が「覚めない夢を見ていた」とか「ネズミ人間が現れた」とか意味不明なことを述べたことに、当時何人もの物書きが過剰に反応していたことを思い出す。彼らは事件を文学的に解釈し、ことさらドラマチックに仕立て上げようとしていた。「宮崎勤という怪物が事件を起こした。でもその怪物性はぼくらの中にもある」みたいな分析が典型だった。

だが、取り調べ室での宮崎の姿はまったく違う。バレないとみれば、小さな嘘を平気でつく姑息な様子が記録されている。少しでも罪を軽くみせるために、その場しのぎの供述を重ねていく。宮崎はけっして怪物などではない。ハンナ・アレントが述べたように、悪はどこまでも凡庸な姿をしていたのだ。

2008年6月17日、逮捕から19年の年月を経て、宮崎の死刑が執行された。宮崎はひとりの凡庸な悪に過ぎなかった。だが事件の余波は現在も続いている。宮崎事件以降、精神鑑定に持ち込まれるケースが増えているのだ。中には精神鑑定をあたかも利用するかのような被疑者も出てきている。

フジテレビがテープの内容を公表した後、警察上層部からは「取り調べそのものの音声を流すとは何事だ」と批判の声が挙がったというが、思い違いも甚だしいと言わざるを得ない。このテープこそが、取り調べが正当であったことの強力な「物証」ではないか。

公判で宮崎は、取り調べで威圧や誘導を受けたと証言した。だが残されたテープには、取調官が読み上げた上申書の文章を「そこは違いますよ」などと進んで修正する宮崎の言葉が記録されている。ことのことからも、取り調べプロセスの可視化は必要だということがわかる。

凶悪な事件が起きるたびに、メディアは“心の闇”という紋切り型で犯人の異常性を強調することを繰り返す。だが果たしてそれは、事件の真の解明につながっているだろうか。宮崎の「肉声」から、私たちが考えるべきことは多い。

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