何でも治ることを売りにした最悪の治療法の歴史──『世にも危険な医療の世界史』

冬木 糸一2019年04月25日 印刷向け表示
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世にも危険な医療の世界史
作者:リディア ケイン 翻訳:福井 久美子
出版社:文藝春秋
発売日:2019-04-18
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現代でもインチキ医療、危険な医療はいくらでも見つけることができるが、過去の医療の多くは現代の比ではなくに危険で、同時に無理解の上に成り立っていた! 本書『世にも危険な医療の世界史』はそんな危険な医療史を、元素(水銀、ヒ素、金など)、植物と土(アヘン、タバコ、コカインなど)、器具(瀉血、ロボトミー、浣腸など)、動物(ヒル、食人、セックスなど)、神秘的な力(電気、動物磁気、ローヤルタッチ)の五種に分類して、語り倒した一冊である。

 実のところ、この本は何でも治ることを売りにした最悪の治療法の歴史を、簡潔にまとめたものだ。言うまでもなく、「最悪の治療法」は今後も生み出されるだろう。

単なる事例集にすぎないともいえるのだが、それでダレるということもなく、出てくる例があまりにもトンデモでひどいことをやっているのでなんじゃこりゃ! と笑って驚いているうちにあっという間に読み終わってしまう。たとえば、ペストを予防しようと土を食べたオスマン帝国の人々、梅毒の治療のために水銀の蒸し風呂に入るヴィクトリア朝時代の人間、剣闘士の血をすする古代ローマの癲癇患者たち──今から考えると彼らの行動は「ちゃんちゃらおかしい」のだが、彼らだってネタや冗談でやっていたわけではない。本気で治そう、治るんだと信じてやっていたのであって、そこには彼らなりの真剣さがあり、理屈が存在している。

そう、本書で紹介されている治療法にはどれも(結果は伴わないにしても)それっぽい理屈は通っていることが多いのである。だからこそ人々はそれを信じたし、我々は今でも似たような理屈や治療法を信じる可能性がある。かつてのトンデモ医療に驚くだけでなく、「今でも身の回りにこうした最悪の治療法は根付く可能性がある」と危機感と猜疑心の眼を育たせてくれる本なのだ。

ざっと紹介する。

というわけなので、本書でどのような危険な治療法が紹介されているか、いくつかピックアップして紹介してみよう。最初は元素の章から「水銀」だ。『水銀製剤は、何百年もの間万能薬として利用されてきた。気分の落ち込み、便秘、梅毒、インフルエンザ、寄生虫など、どんな症状であれ、とりあえず水銀を飲めと言われた時代があったのだ』といい、ナポレオンもエドガー・アラン・ポーもリンカーンも水銀製剤を愛用、または一時期使用していたという。しかしなぜ水銀なんて愛用したのだろう? 身体に悪いことぐらい一瞬でわかりそうなものなのだが。

16世紀から19世紀初頭まで愛用されていたのはカロメルと呼ばれる水銀の塩化物のひとつだ。服用すると胃がムカつくことがあり、強力な下剤効果を発揮し、物凄い勢いで腸の中身がトイレに流れていく。それだけではなく、口からも大量の唾液が分泌される(水銀中毒の症状)。16世紀の著名な医学者パラケルススは、唾液が1.5リットル以上分泌された状態を水銀の適度な服用量とみなしていたという。現代的な感覚からすると完全にやべえじゃんと思ってしまうが、当時の人達は唾液に混じって大量の毒素が流れ出していると考えていたので、それが身体にいいと判断していた。また、便秘が病気を引き起こすと考えていたので、下剤的効用も歓迎されていたのだ。

続いて植物と土の章で紹介しておきたいのは「アヘン」。アヘンってドラッグだし、医療目的で使うのはありじゃない? と思うかもしれないが、長い期間にわたってその使われ方は雑であった。たとえば泣きやまない子どもにはケシとスズメバチの糞で静かにさせよと紀元前1550年の古代エジプトの医学文書に書いてある。古代の話でしょ? と思うかもしれないが、1400年代から20世紀まで、教科書にも子どもの夜泣きやぐずりにはアヘンとモルヒネの調合薬がきくと書いてあったという。そりゃ静かにはなるだろうが、それ死ぬよね(実際、死ぬ子も多かった)。

理屈の通っている治療法が多い中、完全に意味不明なものもある。タバコを用いた治療法の中でとりわけ不可思議なのがタバコ浣腸だ。タバコの煙をお尻の穴に注入するだけの治療だが、なぜか水難者の体にタバコ煙を注入すると、体を温めて呼吸器を刺激できると考えた人がおり、多くの人が実践したらしい。無論何の効果もないし、溺れて窒息している時にタバコの煙を尻から入れられて死んだら死にきれないだろう。これは18世紀頃に流行したものだという。

危険な医療といえば外せないのは「瀉血」だ。病を患った時、悪い血を抜くことで治そうとした治療法で、最初に行われたのは紀元前1500年頃のこと。なんの効果もないが、病が内側から起こっている以上、身体の中から何かを抜くという発想になるのは理屈としてはよくわかる(水銀の件もそうだ)。数千年にわたって、天然痘も癇癪もペストも失恋によるメンタルの不調まで全部瀉血で治そうとする人々がいたし、あまりに一般的だったので理髪師がサービスのひとつとして瀉血を行うこともあった(これは古代ローマでもあったし、中世ヨーロッパでもあったという)。

おそらく本書中もっともえぐいのが「ロボトミー」について語った章で、これは統合章失調患者や幻覚症状のある精神疾患患者の頭蓋骨を開き、前頭葉の一部を切り離す手術のことをいうが、無論治療効果はないどころか完全に害しかない。最初期はスプーンで何杯も大脳皮質を取り除いたという。一部の患者は確かにおとなしくなって幻覚を見なくなったが、多くの患者は死んだり障害に悩まされたりした。人類史の中でもトップレベルの悲劇というか愚かな治療法だ。

第四章、動物の中では「食人」がとりわけ印象に残る。ここでもパラケルススが出てくるが、彼は人体の一部が含まれた治療薬には魂やエッセンスが仕込まれており、その薬効で病が治ると考えた。また、これは今でも似たようなことをする人はいるとおもうが、元気な人間の血を飲むと健康が手に入るという考えが昔から根強く残っている。一世紀の頃、癲癇の患者たちは剣闘士の血を飲み干したし、17世紀でも罪人が斬首されると、壺を片手にかけよってそれをそそぎこみ、新鮮な血を浴びるようにして飲んだという。

おわりに

通して読んでいくと、「医療」や「治す」ことの難しさがわかってくる。何しろ、人間がかかる病の大半は放っておいても治ってしまうものなのだ。だからインチキ療法であっても、自然治癒してしまう可能性は高いし、「治療を受けたのだから」というプラシーボ効果が発揮されることもある。そうすると、インチキ療法と本当の治療の判断をするのは極端に難しくなるし、それは治療を受ける側だけでなく、施術する側もそうである。本書の中でも、結果的に最悪の治療法になったとはいえ、治療法考案者自身が本気で効果があると信じて行っていたものも多い。

たとえ効果がなかったとしても、時代を考えれば他の手段をとりようがないケースも多く、そうした時代においては治療を受けたという精神的な安定だけであっても意味のあるものだったのかもしれない。

依然として完全な治療が存在しない以上、人はこれからも「なんでも治してくれる、まだ見ぬ医療」を期待し続けるし、そうである以上それに応えようとする最悪の治療法も、著者がいうようになくなることはないのだろう。人の愚かさが克明に記されていると同時に、「それでも人類は少しずつ最悪な治療法を潰してきたんだな」と未来への希望が持てる一冊だ。

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