『7つの人類化石の物語 古人類界のスターが生まれるまで』 訳者あとがき

白揚社2019年05月28日 印刷向け表示
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7つの人類化石の物語ー古人類界のスターが生まれるまで
作者:リディア・パイン 翻訳:藤原多伽夫
出版社:白揚社
発売日:2019-05-18
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確かあれはホワイトデーの頃だっただろうか。インターネットのニュースサイトを見ていて、こんな見出しに目がとまった。「ミカン買いに行き、海岸の石蹴ったら恐竜の歯が出た」

和歌山県の地層から肉食恐竜、スピノサウルスの歯の化石が見つかったニュースを伝える記事で、朝日新聞が2019年3月14日に配信したものだった。ほかの報道もあわせて情報をまとめてみると、西日本でスピノサウルスの化石が見つかったのは初めてで、国内でもこれが3例目だという。発見したのは、大手家電メーカーに勤める化石収集家の男性だ。

このニュースには、「西日本で初めて」とか「サラリーマンが発見」とか、見出しに使えそうな要素がいくつかある。実際、そういった要素を盛り込んだ見出しもあるし、「スピノサウルス」という恐竜の名前をストレートに使った見出しもある。

しかし、私が目をとめた見出しには、こうした要素は一つも入っていない。そこで伝えられているのは、化石の発見にいたるストーリーだ。記事によれば、2018年10月、大阪在住の男性が和歌山県へミカンを買いに行き、途中で立ち寄った海岸で目にとまった石を蹴ったら、歯の一部が見えたのだという。

ストーリーを前面に出したこの見出しが、発見の事実だけを伝える見出しと比べてどのぐらい多くの読者を獲得したかはわからないが、少なくとも私の目をとめ、記事を最後まで読ませたのは確かだ。もしかしたら「西日本で初めて」や「スピノサウルス」を使った見出しでも、私は記事へのリンクをクリックしたかもしれない。しかし、このニュースで印象に残ったのは、化石自体の情報よりも、そこにいたるストーリーや発見者の経歴だった。

スピノサウルスの歯は発見されて以降、大学の研究者と共同で調査され、およそ半年後に広く報道された。白亜紀前期に世を去ったスピノサウルスの歯が、1億年以上の歳月を経て和歌山県でサラリーマンに発見され、科学の世界で半年間過ごしたのちに、メディアで大きく取り上げられたというわけだ。この発見を伝える記事を読んだとき、化石が科学の外の世界へ一歩踏み出した瞬間を目の当たりにしたような気がした。

数ある化石のなかで、恐竜とともに報道されることが多いのが、古人類の化石だ。北京原人やルーシーといった名前は、古人類に興味のない人でも聞いたことがあるだろう。これはつまり、こうした古人類の化石が、科学論文だけでなく、テレビや新聞、雑誌、書籍といった一般の人たちが目にするメディアでも取り上げられているということだ。科学界の外へ進出して、世界中に広く知られている化石である。いわば世界的な「有名人」であり、古人類学の研究で繰り返し参照され、テレビや新聞でも話題になる「スター」ともいえる。

では、北京原人やルーシーはなぜ、どのようにして広く知られるようになったのか。人類化石が有名になるまでのストーリーを振り返り、古人類界のスターが誕生した要因を分析したのが、本書『7つの人類化石の物語』だ。

七つの化石には、それぞれニックネームがついている。ラ・シャペルの老人、ピルトダウン人、タウング・チャイルド、北京原人、ルーシー、フロー、セディバ。どれも有名な化石とされているが、日本の読者にはなじみのない名前もあるかもしれない。それぞれ簡単に説明しておこう。

「ラ・シャペルの老人」は1908年にフランスで発見されたネアンデルタール人の骨格化石。ネアンデルタール人に対する旧来のイメージを確立したとされる。
「ピルトダウン人」は20世紀初頭にイギリスで発見された頭骨や顎骨で、ヒトと類人猿をつなぐ証拠だとして脚光を浴びたが、のちに捏造だったことが判明した。
「タウング・チャイルド」は1924年に南アフリカで発見されたアウストラロピテクス・アフリカヌスの化石。数十年にわたる論争の末に人類の祖先としてようやく学界に認められた。
「北京原人」は20世紀前半に北京郊外の周口店遺跡で出土した古人類の化石群を指し、第二次世界大戦の混乱のなかで、その大量の化石が忽然と姿を消したことで有名だ。
「ルーシー」は1974年にエチオピアで発見されたアウストラロピテクス・アファレンシス(アファール猿人)の全身骨格化石。
「フロー」は、2003年にインドネシアで見つかった小柄な古人類で、日本では「フローレス原人」と呼ばれている。
「セディバ」は、2008年に南アフリカで発見されたアウストラロピテクス・セディバを指し、化石の情報を広く公開して研究を促す手法で注目されている。

これら七つの化石は、古人類学に大きな影響を及ぼしただけでなく、科学界の外へ進出し、広く知られるようになったという共通点をもっている。学界で重要な発見とされている化石はほかにも数多くあるのに、なぜ七つの化石は有名になったのだろうか。その経緯はそれぞれ違う。ぜひ本編を読んでその違いを見つけてみてほしい。

有名化石にいたる道のりは一つひとつ違うとはいえ、それぞれが印象深いストーリーをもっている点は似ているように思う。ピルトダウン人には捏造という衝撃的な結末にいたる物語があるし、ルーシーはビートルズの曲から名づけられたエピソードが有名だ。北京原人は化石の行方はおろか、失われた経緯さえはっきりせず、消失をめぐる謎が人々の好奇心をかき立てる。北京原人がどんな古人類かは知らなくても、化石が消えた事件のことは知っているという人もいるだろう。化石にまつわるストーリーのほうが、人々の印象に残るのだ。

ニックネームが定着していく過程も興味深い。たとえばルーシーには「ディンキネシュ」や「ヒーロマリ」という愛称も提案されたのだが、結局はルーシーという名前が広く使われている。セディバも同様で、当初「カラボ」という愛称がつけられたが、定着したのは学名の一部であるセディバのほうだ。ニックネームというのは誰かが正式に決めるようなものではなく、文章や会話のなかで使われていくうちに自然と決まっていくものなのかもしれない。

それと、「フロー」はその小柄な体から「ホビット」と呼ばれることもあるが、日本では「フローレス原人」と呼ばれている。日本には「原人」や「猿人」という独特の呼び名があるからだ。英語にはない言葉だが、日本の読者にはなじみがあると思い、訳文ではこの呼び名も使っている。

個人的にはこの日本独特の呼び名が気に入っている。「フローレス原人」と聞くと「原始的な人類なんだな」と思うし、「アファール猿人」と聞くと「きっと類人猿に似た人類だろうな」と想像がふくらむ。原人よりも猿人のほうが古そうだと予想もつくから、その古人類が人類進化の歴史で置かれた位置までおおまかにわかる。呼び名が伝える情報の量が、英語のニックネームよりもはるかに多いのだ。

人類化石が有名になっていく道のりが本書のテーマではあるが、七つのストーリーはそれぞれ時代背景も伝えていて、全体を通して読むと、20世紀初めから現在までの古人類学の変遷がよくわかる。一つの学問分野がたどった道のりを伝える一冊としても、興味深く読めるだろう。さまざまな視点で本書を堪能していただけたら嬉しい。

2019年4月 藤原多伽夫

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