『ハイエンドトラベル』 発想と創造を生む新しい旅の形

堀内 勉2019年07月15日 印刷向け表示
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コンサルティング会社キャップジェミニの「World Wealth Report」によると、投資資産を100万ドル以上保有する世界の個人富裕層の資産総額は、7年連続で増加して2017年に70兆ドルを上回った。

国際NGOオックスファムは、2016年の報告書「1%のための経済」で、2015年に世界の上位1%の富裕層が保有する資産が残りの99%の人々の資産を上回り、上位62人の富豪の資産が世界の下位36億人分と同じになったことを明らかにした。2010年には上位388人だったのが、この5年間で急速に集中が進んだことになる。

日銀統計によると、日本の個人金融資産は2017年には1,800兆円(名目GDP550兆円)を超えたが、絶対額がより大きい9,000兆円(同2,100兆円)のアメリカ、3,100兆円(同1,400兆円)のユーロ圏においては、日本より遥かに速いスピードで富の蓄積が進んでいる。

初っ端からどうしてこんなことを書いたかと言うと、日本は平成の「失われた30年」の間に世界経済から完全に取り残されてしまったのだが、それに気づいている日本人が非常に少ないという所に日本の病があることを言いたかったからである。

以前にHONZで書評をアップした、デービッド・アトキンソン氏の『日本人の勝算: 人口減少×高齢化×資本主義』の中でも指摘されているが、IMFの調査によれば、2018年の日本人一人当たりの名目GDPは3万9千ドルで世界第26位となっており、2000年の2位から21世紀に入ってつるべ落としの状況にある。

GDPの絶対額で中国に抜かれて米国に継ぐ2位から3位に転落したところだけに焦点が当たりがちだが、国民一人当たりで見ると、その凋落ぶりは目をおおいたくなるレベルである。

そうした事実をツーリズムの世界に当てはめると何が言えるのかだが、端的に言うと、残念ながら、本書で取り上げられているようなラグジュアリーツアーの最上級である「ハイエンドトラベル」の世界から日本人は完全に取り残されてしまったということである。

只、裏を返せば、日本におけるハイエンドトラベルのマーケットは限りなくブルーオーシャンに近く、これに対応できる会社が出てきたら、巨大なマーケットを一気に独占できるのは間違いないと思う。

アトキンソン氏も指摘するように、日本には巨大な文化資産が使われずに眠っており、これを掘り起こせば幾らでもマネタイズが可能である。日本はいわば、優良なのにも関わらず、有効活用されていないがためにキャッシュフローが小さい不動産を大量に保有している不動産会社のようなもので、ここにアセットファイナンスの手法を持ち込めば幾らでも換金可能なのである。

それを日本全体のレベルで考えれば、この巨大な文化資産を有効活用することで、文化財の保護に回る資金を確保できるだけではなく、日本経済全体を活性化し、今のジリ貧の状態から脱却できる可能性があるのである。

残念ながら、まだそこに気がついて実行に移している日本のビジネスパーソンにお目にかかったことがない。他方、それに気づいている外人はかなりたくさんいるし、既に何社かは実際に日本のハイエンドトラベルの世界に投資を始めているのだが。

日本の事業者の最大の弱点は、自分自身がそうしたハイエンドトラベルの世界を経験したことがないという点にある。見たことも経験したこともないものを理解しろというのは土台無理な話で、本書で指摘されているように、「何人誘客などと数値だけが先走り、行政はラグジュアリートラベルの本質をわかっていない。官僚が遊んでいない、旅していない中で、『ラグジュアリーとは』などと机上の空論でやっている」というのは、ある意味でやむを得ないことなのかも知れない。

それほど、平成の「失われた30年」というのは日本にとって大きな損失だったのである。そして、日本人は自らが経験していないが故に、このハイエンドトラベルについて完全に思い違いをしている。プライベートジェットとヘリでやってきて、高いホテルに泊まり、高い料理を食べて、高いワインと日本酒とウイスキーを飲む。現象面だけを見ていたら確かにその通りなのだが、これだけでは本質は見えてこない。

例えば、17世紀から18世紀にかけてのイギリスでは、貴族の子息を国際人にするために欧州大陸に遊学させる「グランドツアー」が流行していた。

文化的先進国のフランスとイタリアが主な目的地であり、何とも贅沢なことに、このツアーには同行の家庭教師がつくのが一般的であった。かの有名なトマス・ホッブスやアダム・スミスも家庭教師役を務めたことがあるそうだ。旅行の間、若者は近隣諸国の政治、文化、芸術、考古学など、多くのことを同行の家庭教師から学んだ。

1925年、まだ23歳だった白洲次郎が親友の7代目ストラフォード伯爵とベントレーを駆ってケンブリッジからジブラルタル海峡まで旅行をした話は有名だが、これも当時としてのグランドツアーのひとつだったのだろう。

そもそも人はなぜ旅をするのだろうか。古代ローマ時代の神学者アウグスティヌスは、次のように語っている。
「世界は1冊の本のようなものだ。旅をしない者は、その本の1頁しか読まないようなものだ。」(”The world is a book, and those who do not travel, read only one page.”)

本書のポイントはここに全て集約されている。旅行というのは、イギリスの貴族が子息をグランドツアーに送り出したように、自分と世界との関係性を理解するための最高の手段であり、場所を移動することで精神と肉体の両面を刺激する、全人格的な体験なのである。

今、ビジネスマンの間でアートを学ぼうという機運が異常なほど盛り上がっているのも、建築や食やワインが世界的なブームになっているのも、マインドフルネスやヨガが流行っているのも、AIブームの裏返しとして人間とは何かに関心が高まっているのも、全てがつながっているのである。

そうしたことをキチンと理解している、文化的なインテリジェンスが高い、例えばアマンの創業者エイドリアン・ゼッカー氏のようなオーナーで、かつ相応の資金力がある不動産会社の経営者がこれに気づいたら、日本中のハイエンドトラベルを全て独占できてしまうのだろうなと思う。

ハイエンドトラベルというのは、要はハイエンド向きの極めてクオリティの高いコンセルジュサービスと不動産業のコンビネーションなのだから。そして、勿論、そこではアマンがやっているような周到な投資回収のためのファイナンススキームに関する知見も欠かせない。

本書の著者の山田理絵氏は、国際経験が豊富であるのは言うまでもなく、鎌倉浄明寺にあるUrban Cabin Instituteパートナーで、また千利休の孫・千宗旦の高弟である山田宗徧を祖とする宗徧流十一世家元夫人・山田宗里でもあり、ハイエンドトラベルを語るのに最も相応しい立場にあると言える。

今、世の中は第二次茶道ブームで、昨年、樹木希林の遺作となった『日日是好日』という映画も静かなヒット作となったが、若い世代やビジネスパーソンや外人の間でお茶が流行っている。それは従来のような作法という切り口ではなく、日本文化の全てがそこに詰まっているからであり、考える前にまず身体で覚えなさいという旧世代の茶道とは違って、正に日本文化の入口として相応しいからなのである。

こうしたことを考えると、今、本書が世に出たのには必然性があるのかも知れない。久し振りに興味深い旅行の本に出会うことができて良かった。日本のハイエンドトラベルに大きな可能性を感じさせてくれる良書である。

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