『日本人の勝算 人口減少×高齢化×資本主義』日本経済再生のための提言書

堀内 勉2019年04月03日 印刷向け表示
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日本人の勝算: 人口減少×高齢化×資本主義
作者:デービッド アトキンソン
出版社:東洋経済新報社
発売日:2019-01-11
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本書は、オックスフォード大学で日本学を専攻し、ゴールドマンサックス時代に日本の不良債権問題をいち早く指摘して「伝説のアナリスト」として名をはせたデービッド・アトキンソン氏が、長年の日本研究の結果たどり着いた、日本経済再生のための提言書である。

文化財の修理・施工を行う小西美術工藝社の現役社長でありながら、ベストセラーとなった『新・観光立国論』『新・生産性立国論』を始め、過去5年間で9冊もの本を世に送り出し、更に本書執筆のために118人もの海外エコノミストの論文を読破したという。あの忙しさの中でどうやってその時間を捻出したのか。アトキンソン氏には、是非ともビジネスマンのための時間管理術の本も書いてもらいたいものである。

そうしたアトキンソン氏の最新刊は、まず日本が現代の人類史上例を見ない「少子高齢化」に直面しているという事実からスタートする。少子高齢化が経済的に意味するのは、「少子化」と「高齢化」が同時に進行することによる労働人口の急激な減少である。

人口動態などのデータから客観的に判断すれば、少子高齢化の日本に厳しい未来が待ち構えているのはほぼ間違いない。今すぐに対応せずに、このまま財政赤字を垂れ流して大量な国債の発行を続ければ、近い将来国家財政は破綻し、日本は三流先進国どころか途上国に転落してしまう恐れさえある。

今、アメリカでMMT(Modern Monetary Theory:現代金融理論)と呼ばれる、「通貨発行権を持つ国家はいくら自国通貨で国債を発行しても財政破綻しない」という理論が注目されている。「日本は巨額の財政赤字を国債発行で賄っているが、インフレにもならないし、何の問題も起きていない」というのをひとつの論拠としているようだが、さすがにこうした楽観的すぎる議論は、主流派の経済学者たちから「トンデモ理論」だと批判されている。

そこでもう少し冷静に日本の現状を見てみると、GDPが世界3位の経済大国であるにも関わらず、生産性は28位と先進国中最下位である。経済成長の要因は人口増加と生産性向上に分解されるが、1990年までの日本には豊富な労働力があり、経営者は賃金の引き上げを抑えても高度成長を達成することができた。ところが、これからの日本で十分な労働力を確保するのは極めて難しく、より現実的なのは生産性の向上である。

只、生産性を引き上げろというと、日本人はすぐに人件費などコストの削減に走ろうとしがちだが、人件費の削減によって商品の値段を下げて競争力を確保しても、結局、日本全体のGDPは縮小してしまう。

人口減少と人件費抑制で商品が売れなくなれば、ますます価格を下げざるを得なくなるから、どうしてもGDPは増えようがない。

しかしながら、発想を逆転すれば、日本の生産性には拡大の余地が大きく残されている。なぜなら、生産性は先進国中最下位であっても、人材評価の面では世界4位と先進国中トップだからである。

この点に着目して、日本経済再生のための具体的な処方箋としてアトキンソン氏が提案するのが、最低賃金の引き上げである。

最低賃金を引き上げれば当然人件費が上がり、企業は高くなった人件費を何らかの形で埋め合わせなければならず、これが生産性を高めるための一種の強制力となる。そして、最低賃金の引き上げは、あらゆる企業に対して直接的・間接的に影響を及ぼすため、その経済効果は極めて大きいのである。

これに対して、新古典派の経済学からは、最低賃金を上げると失業率が上がってしまうという反論があるが、アトキンソン氏は、理論と現実は違っていて実際にはそうはならないことを、イギリスを例に出して説明している。

そもそも、日本では、最低賃金は厚生労働省の管轄で社会福祉政策として捉えられているが、これからは経済産業省の管轄として経済政策の手段として活用すべきだというのが、アトキンソン氏の主張なのである。

そして、こうした経済政策を議論する際に注意すべきなのが、日本はアメリカを意識しすぎる点だという。日本の経済学者の多くはアメリカばかりを見ているが、経済大国ではあるものの、上層の教育水準の高さと下層の水準の低さの格差という問題を抱えながら毎年人口が増加し続けていて、その人口増に対応する雇用の創出に苦労しているアメリカは、世界的に見ても非常に特殊だというのである。

このように、アトキンソン氏は、急激な少子高齢化に直面するこれからの日本においては、経済政策として最低賃金を引き上げることを通じて、「いいものをより安く」から「よりいいものをより高く」へという高付加価値経済への転換が必要だと説いている。

そして、本書の最後に来るのが、生産性の前提として重要な人材の質の問題である。技術革新が急速に進展する中、教育は大学卒業で終わりというのではなく、一般の労働者から経営者に至るまで、自らをアップデートするためのリカレント教育(学び直し)が必要になってくる。

日本の現状を見ると、子どもの教育は素晴らしいが成人してからの教育が極めて貧弱である。これからの教育のメインターゲットは大人なのだという新たなパラダイムを受け入れ、過剰になった大学のキャパシティを使って高齢化するビジネスパーソンのリカレント教育をもっと積極的に行わなければならない。

一方で、イギリス人のアトキンソン氏の目から見て、日本人の変わらない力は異常だという。良く言えば、東日本大震災の時に見られたようにレジリエント(復元力がある)なのだが、これだけの社会的危機に直面しても自ら変わろうとしない様は、普通の感覚では到底理解できないという。

この背景には、日本人の平均年齢が上がっているということもあるだろう。40歳を過ぎると人間はなかなか新しい考え方や変化を受け入れづらくなるものだが、日本は国民の平均年齢が40歳近いことから、社会全体が変化しづらくなってきている。

只、それでも日本の将来を真剣に考えるのであれば、変化を受け入れなければならない。イギリスの自然科学者チャールズ・ダーウィンが言ったように、「最も強い者が生き残るのではなく、最も賢い者が生き延びるでもない。唯一生き残るのは、変化できる者である」のだから。

日本の経営者の能力が低いこと、生産性を阻害している中小企業が多すぎることなど、どうしてわざわざ軋轢を生じるようなことを言ってしまうのかといえば、その根底には、本書の冒頭に示されているような、アトキンソン氏の日本への愛があるのだと思う。

「私は17歳のときに、この日本という国と運命を共にすることを決意しました。拠点を日本に移してから、すでに30年の月日が流れました。この30年間、日本で起きたさまざまな出来事を目の当たりにしてきました。日本経済の低迷、それに伴う子どもの貧困、地方の疲弊、文化の衰退──見るに堪えなかったというのが、正直な気持ちです。厚かましいと言われても、大好きな日本を何とかしたい。これが私の偽らざる本心で、本書に込めた願いです。」

アトキンソン氏と思いを同じくして、崖っぷちに立たされた日本の将来を憂う方々には、是非読んでもらいたい一冊である。

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