『ロケット・ササキ ジョブズが憧れた伝説のエンジニア・佐々木正 』こんなスケールの大きい日本人が本当にいた 文庫解説 by 孫 正義

新潮文庫2019年03月31日 印刷向け表示
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ドクター佐々木は、私とソフトバンクにとって大恩人中の大恩人です。ドクター佐々木と出会っていなかったら、ソフトバンクという会社はスタートできていなかったかもしれない。

最初に出会ったのは私が19歳のとき。私はカリフォルニア大学バークレー校の学生でした。電子翻訳機の試作機を作って、いろんなところに持って行ったのですが、どこにも相手にされなかった。その中でただ一人、真面目に話を聞いてくれたのが、シャープの専務だったドクター佐々木です。

その技術はのちに大ヒットしたシャープの電子手帳「ザウルス」につながっていくのですが、この時の契約で得たお金でソフトバンクはスタートを切ったわけです。

ドクター佐々木は電子翻訳機を評価してくれただけでなく、こうも言ってくれました。「孫君、君は面白い男だなあ」と。

電子翻訳機の契約が終わり、私がバークレーに戻った後も、ドクター佐々木は3ヶ月に一度くらいのペースでアメリカに来て、その度にランチや夕食に誘ってもらいました。「どうだ、研究はうまくいっているか」「大学を卒業したらどうするんだ」と、何くれとなく気にかけてくれました。

卒業が近づいてきたある日、ドクター佐々木はこう言いました。
「孫君、シャープに来ないか。来るのなら研究所を作って、そこの所長に迎えるよ」

私は大学を出たばかりの若造ですよ。冗談に聞こえるかもしれませんが、ドクター佐々木は本気だった。年齢とか国籍とかには全く頓着しない人でしたから。

私は「大変ありがたいお話ですが、卒業したら自分で会社をやってみたいと考えています」とお断りしました。するとドクター佐々木は「それは、それで素晴らしい。応援するよ」と言ってくれました。

実際、私がソフトバンクを立ち上げた後も、ちょくちょく声をかけてくれましたし、いろんな人を紹介してくれました。「親や親戚でもここまでは面倒を見てくれないだろう」と思うほどに。

紹介してもらった人の極め付きは、サムスン電子の創業者、李秉喆(イ・ビョンチョル)さんです。サムスンが半導体に進出する時、李秉喆さんは、日本の半導体産業の第一人者であるドクター佐々木にアドバイスを求めました。するとドクター佐々木は「面白い男がいるよ」と私を李秉喆さんに引き合わせたのです。

私は李秉喆さんに言いました。
「半導体産業はアメリカと日本がかなり先行しているから、これから追いかけるのは大変です。それでもやるというのなら、アメリカが得意なCPU(中央演算処理装置)と日本が得意なASIC(特定用途向け半導体)はやめて、価格で勝負できるメモリーに特化してみてはどうだろう」

李秉喆さんはとても喜んで、二ヶ月後には広大な土地を買ってメモリーの大工場を建て始めました。その行動力には大いに驚かされましたが、その後もサムスンとはずっといい関係が続いています。この前も李秉喆さんの孫にあたる李在鎔(イ・ジェヨン:サムスン電子副会長)とご飯を食べながら、「出会いのきっかけを作ってくれたのはドクター佐々木だったね」と話したところです。

エレクトロニクス、ITの分野でドクター佐々木のお世話になった人は数知れませんが、私にとっては彼の生き様が最高の教科書でした。ドクター佐々木はシャープの副社長を退いた後も、ナノ・テクノロジーなど最先端の技術に興味を持ち、自らも関わり続けていました。私たちはその背中を見て育ったのです。だから彼の周りにはいつも人が集まっていたのです。

私とドクター佐々木を結びつけたのはLSI(大規模集積回路)でした。バークレーの学生だった頃、生まれて初めてLSIの拡大写真を見た私は、感動で涙が止まらなかった。「このマイクロコンピューターが、人類最大の革命を起こす」と確信したからです。

ドクター佐々木はそのLSIを電卓に採用し、激しい「電卓戦争」を勝ち抜いた。その動機は「会社のため」とか「日本のため」とかではなく「人類の進歩のため」という壮大なものです。テクノロジーは何のためにあるのか。「利益のため」じゃつまらない。やっぱりそこは「人々の幸せのため」じゃなきゃ、面白くないですよね。ドクター佐々木はそんなスケールの大きな考え方をする人でした。

翻って、今の日本の会社は、ただの”サラリーマン組織”になり、ハングリー精神や「新しい時代を作ってやろう」という気概がなくなっている気がします。言われたことをただやる真面目な人だけではダメなんですよ。

自分で勝手に考えて自分で勝手に情熱を燃やす。それが結果として人類のためになる。これこそが人間の素晴らしさだと思うのです。情熱を燃やすのは起業家だけではありません。ドクター佐々木はサラリーマンでしたが、組織に縛られず、情熱を燃やし続けました。

私の大恩人であるドクター佐々木は、2018年1月に102歳で亡くなりました。最後まで探究心を失わない素晴らしい方でした。この本を読むことで「そういう日本人が本当にいた」ということを、若い人たちに知ってほしいと思います。               

(2019年1月、ソフトバンクグループ会長兼社長) 

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