信じられないけれど奇跡ではない ”みんなの学校” 『「ふつうの子」なんて、どこにもいない』

仲野 徹2019年07月18日 印刷向け表示
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「ふつうの子」なんて、どこにもいない
作者:木村 泰子
出版社:家の光協会
発売日:2019-07-17
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 『みんなの学校』をご存じだろうか?「ふつう」の公立小学校、大阪市立大空小学校のユニークな取り組みを紹介したドキュメンタリーのタイトルである。最初は2013年に関西テレビのドキュメンタリーとして放送され、2年後には同名の映画にもなった。

2006年に設立された大空小学校の初代校長・木村泰子は「すべての子どもの学習権を保障する学校をつくる」ことに全力を尽くす。文字通りの「すべて」である。発達障害、不登校、問題児など、どのような子どもも受け入れる。

特別支援学級を充実させる、などというのではない。一般の子どもと同じように、同じ教室で育てていくという方針だ。はたしてそんなことができるのか。受け入れたとしても、きちんと教育ができるのか。それを実践してきたのが、この学校だ。校則などない。あるのはただひとつの約束だけ。

自分がされて嫌なことはしない。いわない

いくつものエピソードが綴られている。どのエピソードも考えさせられるものばかりだが、冒頭の二つを紹介しよう。ひとつめは、机や椅子をガタガタさせる「問題児」。まわりで勉強している子どもたちにとっては迷惑である。しかし、その子は何らかの理由があってガタガタさせている。それを否定されたら、学校に来られなくなってしまう。ではどうするか。

周りの子どもたちに、うるさい音を邪魔に感じないような学び方を身につけさせる。世の中にでれば、我慢せねばならないことは山ほどある。こういったことを学ぶことができれば、「社会で生きていく強い力」になるのは間違いない。そして、それには理屈ではなくて、大人の表情や言葉が大事だという。なによりも、隔離、拒絶や排除ではなくてインクルーシブという考え。それが大空小学校の基本テーゼである。いまの世の中全体にとっても極めて重要なことだ。

ふたつめのエピソード。発達障害とレッテルをはられ、他の小学校の特別支援学級に通っていた子どもが転校してきた。その学校の特別支援学級では手厚く指導されていたのだが、普通学級の子どもに近づくと除け者にされる。そういったことが重なって不登校になってしまった子だ。大空小学校では、もちろんみんなといっしょ。

そして1年がたったころ、その子は自分で校長室に来て、前の学校に戻りますと伝えた。その時の木村校長の子どもに対する姿勢がすごい。あっさりと「そうなん、短かったですね。ではさようなら」と言うだけ。すると、その子は、伝えたかったのだろう、理由を聞かないのかと訊ね、自ら話した。

僕は学校へ行ける子どもにかわりました

まるで魔法のようだ。他にも、ものすごく暴れていた子が自発的に校長室にやってきて、次第に自分でクールダウンする方法を身につけた話などが紹介されている。どうしたらこのようなことができるのだろうか。

大空小学校の運営はユニークだ。子どもたちが職員室や校長室に入るのは自由である。それも、かしこまってではなく気軽に入って、いつでも先生とフランクに話ができる。時には校長に向かって「自分でぶれてるってわかってるやろ」とまではっきり言う。先生たちは大変だ。そういったことを補うために、父兄だけでなく、近所の誰もが、自由にサポーターとして学校に出入りできるようにしてある。しかし、そういったことだけで子どもらが育つわけではないという。

子どもたちはみんな、子ども同士の関係性の中で育ちます。先生の力、親の力ではそだちません

これが木村校長の基本的な考えだ。あくまでも個性を持った子どもたちこそが主体なのである。

これからますます多様になる社会。その中で生きていくための力をつけていかなければならない。その基礎体力をつけるのが小学校の6年間である、というスタンスが徹底している。そのために必要なのは「人を大切にする力」、「自分の考えを持つ力」、「自分を表現する力」、「チャレンジする力」の四つの力だという。

自分の考えを持たせ、表現させる。そのためには、先生、父兄、近所の人たちといった大人たちが寄り添って耳を傾けることが重要だ。そして、そうすることによって、逆に大人たちが子どもたちから学んでいける。このような双方向性があれば、地域だってよくなっていく。

先生も親も、子どもに何かを押し付けるのはたやすいことだ。しかし、子どもの側が、それを受け入れられない時にどうするか。北風と太陽ではないけれど、強制を強めるのではなく、子どもの話をきちんと聞く。もちろん、すべての要求を受け入れることはできないが、どちらもが納得できるまで話し合う。子どもをひとりの人間として扱うというのが何よりも重要ということだ。

そのためには、「文句」ではなくて「意見」を言わせることが大事だという。文句は破壊的だけれど、意見は建設的だ。文句は際限なく出てくるかもしれないけれど、その先どうするかという意見となると、一段ハードルが高い。木村先生は、子どもが真正面から意見を言ってきたら、どんなに耳がいたくても「オールオッケーです」と答えることにしている。おそらく、他の先生方も同じようにしておられるのだろう。簡単そうに聞こえるが、相当な忍耐力が必要に違いない。

本当にそんなことでうまくいくのか、という気がするが、テレビドラマではない。リアリティーをもったお話なのである。とはいえ、どうしても、希有な校長あってからこその「みんなの学校」なのではないか、という気がしてしまう。同じように考える人が多いのだろう、退職して4年になる木村先生に同じ質問が投げかけられることが多いらしい。しかし、その答えは完全にノーということだ。

タイトルにあるように「ふつうの子」なんてどこにもいないのかもしれない。同じように、「ふつうの学校」もどこにもないのかもしれない。しかし、大空小学校のように、すべての子どもを受け入れ、生きる力をつけさせる小学校が「ふつうの学校」になったら、世の中はどれだけ素敵になるだろう。小学校だけでなく、大人が、そして地域がよくなる。ちょっと大げさかもしれないけれど、そんな「ふつうの学校」ばかりになれば、日本中が良くなっていくにちがいない。
 

 木村先生、大空小学校での実践の記録です。

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