『「してはいけない」逆説ビジネス学』読むと起業したくなくなる? 傷だらけ試行錯誤の説得力

栗下 直也2019年11月23日 印刷向け表示
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2019年のビジネス本で一番の奇書といっても過言ではないだろう。タイトルの長さに目を奪われるが、内容も語り口こそ熱いながら読み手のモチベーションは上がるどころか下がりかねない。「俺がラーメン屋を始める前にこの本を読んでいたら、絶対にラーメン屋だけはやらなかったよ!」と胸を張られても。失敗談から学び、起業を後押しするビジネス本は少なくないが、失敗から学んで起業のハードルを上げてしまうビジネス本は珍しい。

著者の川田利明は平成を代表するプロレスラー。全日本プロレス(全日)に長く所属し、三沢光晴などと1990年代のプロレスブームを支えた。深夜のプロレス中継を見て三沢のエルボーと川田のキックの応酬に心をわしづかみにされた若者も多いはずだ。

その川田が10年に引退宣言もせずに都内でラーメン屋を開いた。リング上での寡黙な職人肌のイメージから、客商売で堅実に成功したのではと思って本書を読むと、すべてが常識外れで腰を抜かす。

「ラーメンを食わせたいという情熱だけで起業してはいけない!」と熱く説くが、本人がラーメン屋を開いた理由は「借りた物件が、もともとラーメン屋だったから」。飲食店を出すことは決めていたが、物件がもともと串揚げ屋だったら串揚げ屋、焼き鳥屋だったら焼き鳥屋だったとか。確かに居抜きならば初期投資を抑えられるが、契約して厨房にいざ入ったら「なんにもねーじゃん!」と嘆く。駅から遠く、無駄に広いので家賃は高く、居抜きなのに設備はない。下見していないのかよと誰もが思うが、そこが川田流か。「逆説ビジネス学」のタイトルどおり、反面教師の教えがこれでもかと続く。

苦難は続き、初期投資に加え、所有していたベンツ3台の売却益を経営につぎ込み、引き際を間違えたと述懐しながら、「ラーメン屋なんて止(や)めろ」、「脱サラなんて考えるな」と繰り返す。ラーメン屋をやる気が毛頭ない私にすら「ラーメン屋だけは絶対にやらない!」と思わせる不思議な説得力を持つ。

それでも川田自身はラーメン屋の看板を降ろしていないのが、ほかの「失敗本」と一線を画すところ。本人は「意地」と繰り返すが、意地だけではこんなに長くは続かない。

川田は全日時代、スター選手が大量離脱した時も全日に残った。そして、ラーメン屋も「止めるべきだった」と言いながら続けている。一度足を踏み入れたからには、窮地に陥ろうと、目の前の客を満足させるために最善を尽くす姿勢は、賛否はあるだろうが、今も昔も変わらない。

メニューや接客方法の試行錯誤はもちろん、味にも徹底してこだわる。例えば、メンマは自らの手で丸3日かけて仕込む。唐揚げの油もブレンドする。当然、原価や作業効率からしたら割に合わない。そのために人件費を削り、仕込みから片付けまですべて自分でやるから労働時間は長い。

「つらいだけで儲からない」とぼやく川田だが、誰も見ていなくても手を抜かない、手間をいとわない。レスラー道もラーメン道も地味に一歩一歩進む川田の姿がそこにある。「ラーメン屋なんて止めろ」はレスラー川田の、客を沸かせる渾身のマイクパフォーマンスなのかもしれない。

※週刊東洋経済 2019年11月23日号

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