『奥東京人に会いに行く』えっ? ここが東京? あなたの知らない東京の横顔

首藤 淳哉2019年12月07日 印刷向け表示
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奥東京人に会いに行く
作者:大石始
出版社:晶文社
発売日:2019-10-12
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私たちは東京のことを知っているようで、実は何も知らないのかもしれない。吉祥寺に住む著者がそのことを実感したのは、ある新聞記事を目にしたときだった。井の頭公園の入り口に「いせや」という有名な焼き鳥店がある。2012年、建て替えのため店を取り壊したところ、跡地からなんと約1万5000年前の「焼き場」が見つかった。どうやら旧石器時代の人々も、同じ場所でこんがり焼けた動物の肉に舌鼓を打っていたらしい。

見慣れた景色に旧石器時代が重ね合わせられると、ありふれた日常が突如ドラマチックなものに変わる。街がこれまで見せたことのない顔を見せる。そんな体験をしたことで著者は自分の知らない東京の奥、「奥東京」をもっと覗いてみたくなった。そして東京の端っこを訪ねる旅に出る。それは東京の「山」「川」「海」「島」を巡る旅になった。

まず目指したのは奥多摩だ。東京の奥に広大な森林が広がっていることをどれだけの人が知っているだろうか(東京の総面積の約3分の1を占めるのは実は森林である)。著者はその地に暮らす人々の話に丁寧に耳を傾け、土地に埋もれた物語を掘り起こしていく。山はかつて多種多様な人々が行き来する場だった。

たとえば関東の山々は侠客や博徒を輩出してきた。山の上が賭場を開帳するのに格好の場所だったからだ。奥多摩の山中でも昭和30年代後半まで賭場が開かれていたというから驚く。都心ではオリンピックで急激に街の風景が変わっていた頃の話だ。

水害の危険性と隣り合わせの地域に今も残る水神信仰や、佃島で人々が守り続ける東京最古の盆踊りなど、東京の端っこを巡りながら、著者はさまざまなものを再発見していく。伊豆諸島の1つ新島では、かつて島に存在した、ヤカミ衆という女性だけの神唄集団の最後のメンバーから貴重な話を聞き出す。想像以上に東京は多様な文化から成り立っている。あなたの東京へのイメージは、ページをめくるたびに更新されることだろう。

本書には、都心で暮らした後、奥東京に舞い戻った人たちも登場する。何か事情があってかと思いきや、彼らは「そろそろ帰るか」とごく自然体で山や島に帰ってくる。このナチュラルなあり方は、地域の風習にも当てはまる。古くから続く風習に関し「なぜ続けるのか」と彼らに問えば、「だって、そういうものだから」と返ってくる。「なぜやるのか」という問いが介在し始めた途端、多くの伝統行事が継続する意味を見失うと著者は述べているが、これは伝統やコミュニティーの本質を鋭く突いた指摘である。効率やエビデンスを重視するあまり、私たちの社会は「なぜ」を問いすぎていないだろうか。

奥多摩から始まった「奥東京」を巡る旅は、川や海を経て、最後は絶海の孤島・青ヶ島で終わる。本書が見せてくれた東京の姿は、驚くほど多様だった。21世紀は都市間競争の時代といわれ、東京はそのトップランナーに挙げられる。だがその言説は、経済面にフォーカスしたものばかりだ。東京はただ仕事をし、消費し、寝るだけの場所ではない。土地を耕し、命を育み、魂を蘇らせる場所でもある。知られざる東京のアナザーサイドに光を当てた好著だ。

※週刊東洋経済 2019年12月7日号

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