『日本のアートマーケットが1兆円になる日』市場の夜明け

新井 文月2020年02月23日 印刷向け表示
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シェイクスピアの劇曲マクベスに

"The night is long that never finds the day."

「明けない夜はない」という言葉がある。真意はどちらだろう。通常は「希望の朝は必ずやってくる」という例えだが、直訳すると「夜は永遠に明けない」という意味にもとれる。

いま世界の美術市場は7兆円、日本は150~200億円といわれる※。これはバブル時代に比べて30分の1の規模である。たとえば当時10億円だった作品であれば現在は3000万円、100万円でコレクションしたアートは3万円以下という状況だ。私がコレクターなら憤慨ものである。経済とアートの価格は密接であり連動するが、2020年の現在そこには大きな溝が存在する。

いっぽう世界のアート取引量は、21世紀になりアートフェア全盛期を迎えている。スイスのバーゼル、アメリカのバーゼル・マイアミ・ビーチ、アーモリーショウ、スペインのアルコ、イギリスのフリーズ…各国にて毎月どこかで開催されている。それも納得で実際に香港のバーゼルなど足を運べば、ピカソやモネからダミアン・ハーストなど現代アーティストの作品群が集結しており、作品のパワーもさることながら、それらをとりまく人々の熱気でエネルギーに溢れているため、現地にいるだけでも体温は上がる。

本書の著者は倉田陽一郎。1998年、日本経済はGDP世界2位でありクリスティーズやサザビーズといった巨大オークションハウスがあった。著者はそんな折に日本には強力なオークション会社が必要と判断し、2005年にオークションハウスを上場させた人物である。

ただ、そこに至るまでの過程は順調ではなく、奮闘は今も続いている。本書は近代日本の経済と美術の流れを解説しながらも、著者が経験した数多くの失敗を糧に日本美術市場を1兆円までに再生させる計画が語られてる。ちなみに2005年はサザビーズが上場後の経営難で苦しんでおり、株価が10ドルを切っていたそうだ。その時に買収していたとすると、どれだけ日本のアートが世界と均衡を保てた(もしくはリードしていた)のかもわからない。著者は痛感し、また並走して進むはずだった盟友たちにも愛想をつかされるなど、多くの苦汁をなめている。それでも絶えず軌道修正していく様は、読んでいるこちらも力が沸いてくる。本書の骨子はこの点にあるだろう。

今はアーティスト、ギャラリスト、コレクター、メディアなど各人の力が集結されるべきだと著者は説く。この20年間、日本の近代美術が低迷を続ける一番の要因は、資金力の少なさだ。ただポイントは国内の連携にある。たしかに日本のギャラリーにも資金力をもって世界に挑戦しているパワーギャラリーは存在する。近い将来、優れた作品と世界に羽ばたくアーティストが出てくることは間違いない。しかし個別で動いてもマーケット全体は回復しない。著者は行政や美術館など各分野にもエビデンスのある考察を踏まえており、その事実に基づく計画は説得力がある。

そもそも日本は、縄文時代の土偶から江戸の浮世絵まで至るまで非常にオリジナルの文化が育ってきた。同時に、それらを愛でる気質も日本人の心にはある。ところが芸術と金を結びつけるのは、とんでもないと嫌う傾向にある人が多い。心が豊かになるアートに対しては、それを資産とする考え方が世界中にあるのだが、国内ではその対価として正当な金額を支払う感覚が浸透されない。もちろんアートには部屋の装飾的な役割もある。ただ確実に人間の心を揺さぶる力がある。欧米基準では、この心揺さぶるアートの方が装飾的アートよりも評価が高く、取引される金額も天と地の差がある。


この現状を打破するヒントは本書には無数に散りばめられているので、著者の主張に耳を傾ける価値は充分にあるのではないか。それよりも真の問題は、この内容と現状を見聞きしたとしても「所詮、自分とは関係ない」という風潮なのかもしれない。

※一般社団法人アート東京「日本のアート産業に関する市場レポート2018」より

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