『餃子のおんがえし』何でも包んでしまう小宇宙

麻木 久仁子2020年03月24日 印刷向け表示
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餃子のおんがえし
作者:じろまるいずみ
出版社:晶文社
発売日:2020-02-04
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私が料理なるものをやり始めたのは高校生の時だった。ずっと専業主婦だった母が、離婚を見据えて働き始めた頃で、弟や妹の食事の支度は私の仕事になったのだ。といっても別に料理好きでも何でもなく、とにかく食べ盛りの弟妹の空腹を満たすものを作るのだ。

年中作っていたのが炊き込みご飯。残り物の野菜だのツナ缶だの適当に放り込んでしょうゆ入れて炊く。ほぼ毎日作っていた。炊き込みご飯だとあとは小さなおかずとインスタント味噌汁があれば格好がつく。白飯だと、やれ主菜だ副菜だと面倒なのだ。それで毎日毎日作っていたら、ある日弟にキレられた(笑)。「姉ちゃん!俺は最後にお茶漬けしたいんだよ!白飯炊いてくれよ!」。今でも弟は「炊き込みご飯は、あのころもう一生分食った」という。その後実家を出て一人暮らしの時はとにかく金がなく、雑炊とか切り餅をブヨブヨになるまで煮込んだやつにもやしとか入れてとか食べていた。嵩増し飯時代!

そうそう、子育てに忙しかった頃は、冷凍食品やレトルトにずいぶん助けられた。仕事が忙しくて食事の支度がおろそかだと思われたくなくて皿数を多くしようとするものの、時間に追われていたとき、本当に助かったのだ。子育ても終わり、娘は外食が多いので、最近は80過ぎの母と二人飯。料理する時間はあるけどむしろ皿数は減った。そんなにたくさん食べないし、何か季節の旬のものを一皿で十分という気持ちになり、もっぱら一汁一菜だ。気にするのは減塩。あと良い油だな…

本書『餃子のおんがえし』は、かつて「伝説の居酒屋」を営んでいて現在は料理作家の著者・じろまるいずみさんの、食にまつわるエッセイ集である。幼稚園の時にはもう「この世で一番好きなのはお料理すること食べること」と思い定めていたというじろまるさんの、幼い日から今日までの、めちゃめちゃおもしろいエピソードが次々に繰り出されている。一人の人生に、食にまつわる話だけでこんなにいろいろ巻き起こりますかというほどだ。

人には絶対に見せられないという同僚のとんでもない味噌汁の話や、父と作ったコンビーフの話。若いときにちょっと付き合っていた彼が言っていた町中華のラーメンの秘密が思いがけず解ける話。最初の結婚をしていたころのたくあんの苦い思い出。運命のだし巻き卵との出会い、そしてだし巻き修行の日々。

そうしたじろまるさんのエピソードには不思議な力がある。読者である私の食の思い出を呼び醒まし、「そういえばあの時こんなものを作った。あんなものを食べた。」と思い起こさせるのだ。

敷き詰めた海苔を夜空に見立て、そこに半月型のオムライスが乗った弁当は「下弦の月弁当」と優雅に名付けられいかにも美味しそうであるのと同時に、昔母が作ってくれた弁当や、私が娘に作った弁当を思い出されられる。

「イケアの炊込みごはん」はいかにもごちそう的で、「ああこれ知ってたらあの頃弟もよろこんだろうな」と我が思い出の「残り物炊込みごはん時代」を思い出す。

あるラーメン屋でたまたま居合わせたおじいさんが「ラーメンのあとに餃子が来るのが許せない」とキレて残していった餃子を、「それならば私が食べます」と言って引き取ったことから始まる、餃子との浅からぬ因縁も面白い。そういうことがあるんだなあと思いながら、何でも包んでしまう小宇宙「餃子」に私自身助けられた日々を思い出したり(いろんな残り物を包んで茹でて、一皿増やしたりしたものだ)。

とにかく思い出喚起力がすごいのだ。是非皆さんも、この本を読みながら食にまつわる思い出に浸り、あるいは忘れていた恥ずかしい食の思い出をも取り戻して、それぞれの味を再確認してください。楽しいです。

そのほか、レシピやアイデアも満載。

余った寿司飯をどうリメイクするかとか、いかにして塩辛をアレンジするかなどは、「その手があったか!」という新鮮さと「そんなことでいいのか!」という包容力とが実に塩梅よいので「ああすぐにでもやってみたい」という気持ちになる。

とりあえず、目から鱗の寿司飯リメイクを試すために次の休みにはたくさん寿司飯を炊いて、わざと余らせようと決めた。

食べものとともに、生きていく

近頃本当にそう思うのだ。

生きることは食べること、食べることは生きること。たった一口でも「ああおいしい」と心から感じられたら、人生は捨てたものじゃないのだ。時に殺伐としたり味気なかったり、不安になったりする日常も、美味しい瞬間があればまた立て直せる。「おいしいね」と言いながら恨んだり怒ったり嫉んだりは出来ない。

ユーモアに溢れたエッセイを読みながら、おいしいものをおいしいなと言いながら生きていくことができるありがたさを、改めて感じたのである。

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出版社:中央公論新社
発売日:2014-10-24
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