『DOPESICK アメリカを蝕むオピオイド危機』鎮痛薬が人々の命を奪う、恐るべき薬物汚染の実態

首藤 淳哉2020年03月28日 印刷向け表示
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DOPESICK アメリカを蝕むオピオイド危機
作者:ベス・メイシー
出版社:光文社
発売日:2020-02-19
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2019年4月、プロゴルファーのタイガー・ウッズがマスターズ・トーナメントで5度目の優勝を飾った。この優勝は、オピオイド(鎮痛薬)依存を克服しての勝利だったため「奇跡の復活」と称賛された。長く腰痛に悩まされ、鎮痛薬が手放せなくなっていたウッズは、17年に「薬物影響下での自動車運転」の容疑で逮捕されている。逮捕時の虚(うつ)ろな目をした写真を覚えている人も多いだろう。

「たかが鎮痛薬」と侮ってはいけない。オピオイドは極めて依存性が高く、ミュージシャンのプリンスや俳優のフィリップ・シーモア・ホフマンなど、過剰摂取が原因で亡くなった著名人も多い。全米ですでに40万人が命を落とし、400万人もが依存症に苦しんでいるといわれる。しかもこの空前の薬物汚染は、医師の処方した薬をきっかけに引き起こされたのだ。

本書は、オピオイド禍の震源となったバージニア州西部のアパラチア地方で何が起きていたのかを、地元紙の記者だった著者が克明につづったドキュメントである。アメリカ社会をむしばむ恐るべき薬物汚染の実態を伝える一冊だ。

これまで新種のドラッグといえば大都市から地方へと広がるのが常だった。だがオピオイドの流行は逆のルートをたどった。まずアパラチアの小さな村から始まり、中西部のラストベルトへと広がっていった。かつては石炭業や鉄鋼業が栄え、白人のブルーカラーが多く暮らす地域である。

オピオイド汚染の主役は「オキシコンチン」という錠剤だ。パデュー・フレデリックという製薬会社が開発し、1995年にFDA(米食品医薬品局)に認可された。既存の鎮痛薬の3倍長く効果が持続するのが売り文句だったが、徐放作用のために施されたコーティングを取り除き、むき出しになった薬効成分だけを利用すれば、ヘロインに似た強烈な陶酔感が得られた。

FDAのお墨付きで、しかも医師が処方する薬である。当初この薬の危険性は見過ごされた。だがその間に薬物汚染は広がってしまった。想像してみてほしい。部活動でケガをした子供が、病院で処方された鎮痛薬で薬物依存になるのだ。こんな恐ろしいことがあるだろうか。本書に登場する依存症患者の多くは、そういうごく普通の人々だった。

オピオイド禍の発火点となったのが、トランプ支持者の多い地域であることにも注目したい。かつてはアメリカ経済を支えるプライドを持っていた人々が、重厚長大産業の衰退とともに自信を失っていった。彼らの傷ついた自尊心にオピオイドは偽りのやすらぎを与えたのかもしれない。

本書にはオピオイド汚染に立ち向かった多くの人々が登場する。それは善良な医師や、愛する子供を失った親たちだった。彼らの懸命の訴えによってパデュー社をはじめとするオピオイド製造元への提訴が全米で相次いだ。また利用者をただ罰するのではなく、少量の薬物を投与しながら治療するハームリダクション(薬物維持療法)の取り組みも始まっている。暗闇の中の一条の光かもしれない。

巻末には訳者の神保哲生氏による丁寧な解説が付されている。アメリカの最新事情はもちろん、日本のオピオイド事情までフォローされており、理解を助けてくれるだろう。

※週刊東洋経済 2020年3月28日号

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