『銀河の片隅で科学夜話』「勉強しない子どもたちにイライラし通しの妻が、この本を読んでとても優しくなったんですよね」(※個人の感想です)

首藤 淳哉2020年04月27日 印刷向け表示
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大変だ。これは緊急事態だ。
そんなの、わかってるって?
いや、世間じゃなくて、我が家の話なのです。

子どもたちは長引く休校期間を、あろうことか存分に満喫している。
息子は、『魔術はささやく』を読んですっかり宮部みゆきにハマり、「全冊読破する!」と宣言したきり引きこもってしまうし(そういえば3日ほど見かけない気が……)、娘はといえば、ネトフリとアマゾンプライムを朝から晩まで見っ放しで、もはやサブスク廃人と化している(声をかけても無反応……)。

まあでも、子どもはそういうものかもしれない。休校中に苦手科目をしっかり克服しておこうとか、語学をみっちり学んでおこうとか、そんな意識の高いことをうちの子どもたちが言おうものなら、そっちのほうがよっぽど気味が悪い。

問題は妻である。ご多聞に漏れず妻もリモート勤務が続いており、一日中子どもたちと一緒である。他方、ぼくはといえば、生放送などがあってどうしても会社に行かなければならない。出演者はリモートでもいいが、最少人員のスタッフはスタジオにいなければならないからだ。その結果、我が家では、妻が仕事をこなしながら、怠惰な子どもたちの面倒もみることになってしまった。

当初は帰宅後に愚痴を聞くのが日課だった。だが日に日に妻がストレスを募らせているのがわかった。そのうち、子どもたちとの諍いが目立つようになった。きっかけはいつも「いい加減、勉強しなさい!」という妻のひとことである。

それでも息子のほうはまだいい。いかにも反抗期の男子らしく「チッ、るせーな」程度の捨て台詞で部屋にこもってしまうからだ。単純でわかりやすい。それに比べ、娘と妻の口喧嘩といったら……。なんだろう、あの敵のウィークポイントを的確に刺し貫いて、しかもそこに念入りに粗塩をすり込んでいくような底意地の悪い言葉の応酬は。あな恐ろしや……などと言ってる場合ではない!我が家の空気は荒みきっているのだ。なんとかしなければならない。

試しに妻を笑わせようと、「アベノマスクってさぁ、武田久美子の貝殻みたいじゃね?」などと軽口を叩いてみたが、永遠かと思えるような沈黙が返ってきただけだった……。そこで、小細工はやめて、本をすすめてみることにした。実際のところ、ぼくには面白い本を紹介することぐらいしか出来ない。妻の反応(顔色)を見ながら本を紹介しては、寝る前に読んだ本の感想を話し合うようにしたのだ。すると、いくつかの本が彼女の気を紛らわせてくれたのである!それは思いも寄らないジャンルだった。「科学エッセイ」である。

『銀河の片隅で科学夜話』は、理論物理学者の手になる一冊だ。
著者の専門は量子力学や数理物理学だが、本書には天文学や生物学などさまざまな話題が読み切りのかたちでおさめられている。「忘れられた夢を見る技術」であるとか、「じゃんけん必勝法」であるとか、「銀河を渡る蝶の話」などと聞けば、誰もが興味をそそられるのではないだろうか。

中でもおすすめは宇宙の話。
たとえば流れ星はどこから来るか。流れ星の正体は小惑星や彗星である。
小惑星は木星と火星の間の小惑星帯からやって来るご近所さんだが、彗星はもっと遠い場所からやって来る。この彗星は、太陽をめぐる「周期」で二種に分けられる。すなわち、周期が200年以下の短周期彗星と、それ以上の周期を持つ長周期彗星だ。話題はここから、短周期彗星がやって来る「カイパー・ベルト」や、長周期彗星が生まれる「オールトの雲」などの話へと広がっていく。

このように、地球から遠ざかっていくにつれ、話のスケールが大きくなっていくのだが、どうやらこれが心の落ち着きをもたらしたらしい。壮大な宇宙に思いを馳せることで、先が見えないことへの不安が多少は和らぐのかもしれない。

よし。ならばこれからは日常生活のそこかしこで宇宙の比喩を使ってみることにしようではないか。ウイスキーのグラスを掲げながら「チェレンコフ光が見えるかもしれないよ」とかロマンチックにささやくのだ(適当な例を思いつかなかったので、池澤夏樹の『スティル・ライフ』から丸パクリしました)。

科学エッセイの魅力のひとつは、ロマンにある。雪の結晶を「天から送られた手紙」と表現した中谷宇吉郎の『雪』なんてその最たるものではないだろうか。

一粒の柿の種: 科学と文化を語る (岩波現代文庫)
作者:政隆, 渡辺
出版社:岩波書店
発売日:2020-02-16
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本書はロマンというよりも、科学の楽しさを教えてくれる一冊。
誰かに話したくなるような面白い話題満載である。
奥さんや恋人に話すなら、シャンパンの泡の話がおすすめ。
数ある発泡性飲料の中でも、泡の美しさでシャンパンの右に出るものはない。

標準的なフルートグラスにシャンパンを注ぐと、およそ200万個の泡が立ち昇るという。ビールに比べおよそ3倍の気体が溶けているため、泡の量が多いだけでなく、出続ける時間も長い。また、グラスの底から出た泡は、液面に届くまでの間に成長していく。そして液面に達した瞬間に泡は弾け、鼻腔に華やかなシャンパンの香りを届けるのだ。

個人的にはシャンパンには新緑がよく似合うと思う。
外出自粛がなければ、まさにぴったりの季節なのに残念。
週末の昼下がり、気持ちの良いテラス席で、新緑を愛でながらシャンパンを楽しみたいものだ。誰かと。あ、いや妻と。

寺田寅彦セレクション2 (講談社文芸文庫)
作者:寺田 寅彦 ,千葉 俊二 ,細川 光洋
出版社:講談社
発売日:2016-05-11
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科学エッセイの名手といえば、寺田寅彦をおいて他にない。
本書には知る人ぞ知る名品「茶碗の湯」がおさめられている。
児童文学誌『赤い鳥』にペンネームで発表されたものなのだが、茶碗から立ち昇る白い湯気をとっかかりに、身近な物理現象を子どもにもわかりやすく説いた素晴らしいエッセイである。湯気の話から雲や陽炎、季節風へと話が広がっていく様は、マイケル・ファラデーの名講義『ロウソクの科学』を彷彿とさせる。

種の起源〈上〉 (光文社古典新訳文庫)
作者:チャールズ ダーウィン
出版社:光文社
発売日:2009-09-20
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コロナが終息した後、世界は大きく変わるだろう。その変化は14世紀に匹敵するのではないか。新しい時代に生き残るのは、強いものではなく、変化に適応できたものだ。そのことを本書で学んでおこう。この新訳は読みやすくおすすめ。普段よりも時間がある時こそ、こうした古典も手にとってみたい。

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