彼女はいったい何者なのかー。『女帝 小池百合子』

首藤 淳哉2020年06月02日 印刷向け表示
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女帝 小池百合子
作者:石井 妙子
出版社:文藝春秋
発売日:2020-05-29
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この2ヶ月間、彼女を見かけない日があっただろうか。テレビや新聞、ネットで私たちは毎日のように彼女の姿を目にし、彼女が語る言葉に耳を傾けてきた。誰もが彼女の顔と名前を知っている。そこには見慣れたリーダーの姿があった。

だが本書を読んだ後は、奇妙な感覚にとらわれるに違いない。彼女のことを確かに知っていたはずなのに、急に見知らぬ人間のように思えるからだ。そして次の瞬間、戦慄が背筋を駆け上る。「この人は、いったい何者なのか……」

本書は女性初の東京都知事であり、また女性初の総理候補とも目される小池百合子の知られざる半生を描いたノンフィクションである。本書の発売日前後に、ある新聞のコラムで「暴露本」と表現しているのを見かけたが、おそらくコラムの書き手はこの本を読まずに書いたのだろう。著者は3年半にわたる綿密な取材を通じて、百人を超える関係者の証言を集め、小池が長年にわたり隠し続けてきた経歴にメスを入れている。そこには公職選挙法違反にも問われかねない重大な疑惑があった。本書は、「暴露本」などという安っぽい響きとは対極にある、プロによる瞠目すべき仕事である。

小池の経歴は華やかだ。「芦屋の令嬢」として生まれ、「カイロ大学を首席で卒業」後、テレビキャスターを経て、平成のはじめ、戦後の55年体制が軋みを立てて崩れ始めたのに歩を合わせるように政治家に転身。浮き沈みの激しい政界で常にスポットライトの当たる場所を歩いてきた。時代とともに権力者の顔ぶれは替わっても、その時々の実力者の傍にいつも彼女の姿があった。そして2016年、小池はついに東京都知事の地位に登りつめる。総予算13兆円。国家並みの予算規模を誇る巨大都市の舵取りをする最高権力者の座をつかみとったのだ。

著者が小池と向き合うきっかけとなったのは、月刊誌からの原稿依頼だった。『おそめ』『原節子の真実』などを読んだ人はご存知だと思うが、著者は徹底した取材で知られる。いつものように資料を集め、じっくり読み込んだところ、おかしなことに気づいた。小池が自著で書いていることや語っている内容に、辻褄の合わないことや矛盾する点がいくつもあったのである。次々と湧き上がる疑念は、やがてひとつの形を成す。それは、彼女が嘘をついているのではないか、という疑惑だった。

なにしろ「芦屋の令嬢」というところからして怪しい。小池自身、雑誌の取材などで「私が芦屋令嬢だった頃」などと語っているが、生まれ育った家は豪邸エリアにはなかった。小池家を古くから知る人によれば、一家は「見栄張り」だったという。金がなくてもあるかのように振る舞う。小学校の同級生は、「どんなお金持ちの子どもよりもお金持ちのお嬢さんに見えた」と語っているが、小池の洋服は、神戸の高級子ども服「ファミリア」を真似て、母親が手作りしたものだったという。

この時代のエピソードには切ないものが多い。本書は小池の「右頬のアザ」についても触れている。「子どもの頃から、人の顔色を見る癖があった」小池だが、それは他人が自分の顔を見た時にみせる表情に敏感にならざるを得なかったからではないか。また常に他人の視線に怯え、傷ついてきたことが、彼女の尋常ならざる上昇志向の原動力になっているのかもしれない。小池の心情に寄り添うこうした著者の想像力は、本書に深みを与えている。

本書の最大の読みどころは、小池がもっとも隠しておきたかったと思われる経歴、すなわち謎に包まれた留学時代を、関係者の決定的な証言をもとに検証した部分だろう。

エジプトのカイロ大学は、周辺諸国からも優秀な学生が集まることで知られる名門大学だが、入学できたとしても学生たちは講義で使われる言語に苦しめられるという。エジプトでは「口語」と「文語」が明確に分かれており、日常生活では口語が使われる。一方の文語は、アラブのインテリ層の共通語ではあるものの、4世紀頃から続く古語で、難解だという。カイロ大では教科書はもちろん、講義もこの文語で行われる。小池はこのような環境にいきなり飛び込み、留年せず4年で卒業した初めての日本人となり、しかも「首席」だったというのだ。そんなことが現実にあり得るだろうか。

著者はある幸運から、小池とカイロで同居していた日本人女性と接触することに成功する。彼女は衝撃的な事実を知る人物だった。カイロ大学を卒業したという小池の経歴は嘘だというのだ。女性のもとには、小池との生活の様子が綴られた手帳やメモ、手紙などが残されていた。当時の小池は無名の存在である。だからこの女性に小池の足を引っ張るためにわざわざ虚偽の内容を記す動機などあるわけがない。当時のメモや手紙は信用できる「物証」である。

小池の留学生活の実態や、カイロ卒の経歴を利用していかに成り上がっていったかについては、ぜひ本書をお読みいただきたい。これらの事実から浮かび上ってくるのは、私たちがまったく知らなかった小池の実像だ。おそらく善良な人ほど「騙された」と憤慨するのかもしれない。だが私はあまり怒る気になれない。なぜなら、「厚顔無恥」「自分本位」「息をするように嘘をつく」のは、多くの政治家に共通する資質だからだ。残念ながら学級委員のような正義感だけでは、したたかな政治家に歯が立たない。

前回の都知事選で、小池が対抗馬の鳥越俊太郎を「病み上がりの人」と評したのをおぼえているだろうか。「癌サバイバー」を貶める明らかな失言だ。この後のテレビ討論会でのやり取りを著者は印象深く記している。失言をめぐり小池に激しく食ってかかる鳥越に対し、小池はしれっとこう言い放ったのだ。「いいえ、言っていませんねえ」

耳を疑う返答に鳥越のほうが取り乱してしまう。鳥越には気の毒だが、役者が違うとしか言いようがない。政治家としての業の深さ、悪党ぶりでは、鳥越は小池の足元にも及ばなかった。

小池にとっては、選挙の公約ですら方便に過ぎない。都知事選で自らをジャンヌ・ダルクになぞらえた小池に人々は熱狂したが、公約のほとんどは履行されないまま今日に至っている。一時の熱狂とその後に味わう失望。これは民主党政権が誕生した時にも私たちが経験したことだ。

あの時、なぜ私たちはあれほどまでに熱狂したのだろうか?
あの熱狂の根底にあったのは、政治家の人格や手腕への期待などではなく、「何かが変わるかもしれない」ことへの漠然とした希望ではなかったか。そう、確かに私たちは、何かが変わることを望んでいたのだ。

私たちは変わることを、いまよりも未来が少しでもよくなることを望んでいる。にもかかわらず「ポスト安倍に相応しい人物がいない」などという論法が罷り通っているのは、考えてみれば不思議な話である。なぜなら、心底変わることを望んでいるのであれば、いつだって現状が変わる可能性があるほうに一票を投じるのが、論理的に考えて普通の行動だからだ。

だがそのためには、私たちはもっと政治家について知らなければならない。このきわめて常識からかけ離れた人々の生態について学ばなければならない。ポピュリズムに席巻された時代だからこそ、本書のような優れた人物ノンフィクションが必要なのだ。かつて小池に近かった人物は、彼女についてこう語っている。

「なんだか食うか食われるかという感覚で生きているように見えた。都会のジャングルを、ひとりでサバイバルしているような。無償の愛というものを知らない人なんじゃないか。親や兄弟にさえ気を許していなかったと思う。親友といえる人も見えてこないし、同志といえる人もいない。何より小池さん自身の心が見えない。だから感情が絡み合わない。人間関係が希薄で、しかも長続きしない理由はそこにあると思う」

小池は「目が笑っていない」とよく言われる。本書を読み終えたいま、あの笑わない目の奥には、底知れない虚無が広がっているような気がしてならない。

ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
出版社:中央公論新社
発売日:2014-10-24
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