なぜ彼女は逮捕され、自殺してしまったのか 『トーキング・トゥ・ストレンジャーズ──「よく知らない人」について私たちが知っておくべきこと』

澤畑 塁2020年06月30日 印刷向け表示
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トーキング・トゥ・ストレンジャーズ 「よく知らない人」について私たちが知っておくべきこと
作者:マルコム・グラッドウェル
出版社:光文社
発売日:2020-06-16
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2015年7月、アメリカはテキサス州プレーリー・ビューでの出来事。車を運転していたサンドラ・ブランドという若い女性が、ひとりの警察官から停車を命じられた。彼女が車線変更をする際に方向指示器を出していなかったというのだ。──そう、たったそれだけのこと。でも、たったそれだけのことが、それから思いもよらない展開を引き起こす。ブランドはその場で逮捕され、3日後に独房で自殺してしまったのだ。

本書『トーキング・トゥ・ストレンジャーズ』は、アメリカでコラムニストとして人気を博しているマルコム・グラッドウェルの最新作である。グラッドウェルはこれまで、アカデミックな知見を活用しながらユニークな議論を展開し、一般読者や研究者たちから高い評価を得てきた。そんな彼が今回の本で新たに挑むのは、「よく知らない相手と話すとき、わたしたちはどんなことをわきまえておかなければならないか」という問題である。

感想を先に述べると、本書は「ワンダフル」のひと言に尽きる。天才と評されることもある書き手だけあって、そのストーリー構成はじつに秀逸だ。本書には縦糸として、サンドラ・ブランドの事件が配されている。まず冒頭でその事件の謎が示され、最終章でそれに対するひとつの回答が明かされる。だから読者は、まるで謎解きの作業に加わるかのように、ストーリーをひとつひとつたどっていくことになる。

また本書には横糸として、心理学や犯罪学の理論と、それを例証するエピソードが組み込まれている。そのエピソードというのが、これまたいちいちおもしろい。自ら志願してヒトラーに会いに行き、彼を「話のできる男」だと誤解してしまったネビル・チェンバレン。アメリカの諜報機関において「キューバの女王」と賞賛されていたが、じつはキューバ側の二重スパイであったアナ・ベレン・モンテス。あるいは、少年への性的虐待をたびたび疑われながら、10年以上も逮捕を免れていた大学アメフト部の有名コーチ、という具合に。

そんなエピソードが間断なく繰り広げられるので、本文が400頁あっても、本書は読んでいて退屈することがない。そして、400頁を読み終える頃には、縦糸と横糸の交差からひとつの絵柄が見事に浮かび上がってくる。これぞ、最高のストーリーテラーのなせる業だろう。

というのが、本書のストーリー構成の妙である。では続けて、本書の議論のポイントを簡単に追ってみよう。

本書でキーワードとなるのは、「デフォルトでの信用」「透明性」「結びつき(カップリング)」の3つである。それらは、見知らぬ人と対峙したときのわたしたちの性向や、わたしたちがつい見落としてしまいがちな事実を表している。なかでも、その議論とエピソードがことさら興味深いのは、2番目の「透明性」だろうか。

「目は心の窓」と言われる。そのようにわたしたちは、外に現れた表情やふるまいが、その人の心の内を忠実に反映するものだと考える。そしてまた、表情やふるまいをきちんと読み取れば、その人の心の内もうまく把握できるのだと。グラッドウェルが「透明性」と呼ぶのは、まさにそのような考え方である。

だが、すぐさまわかるように、そうした考え方はきわめて危ういものでもある。なぜなら、たとえ同じ感情や思いを抱いていたとしても、それが表出される仕方は人によって多少なりとも異なるからである。たとえば嘘をついているとき、多くの人は視線を逸らしがちになるだろう。でも、たとえ嘘をついていなくても、相手となかなか視線を合わせられない人もいる。またそもそも、著者も指摘するように、「[根っからの]嘘つきは眼を逸らしたりはしない」。

というように、その態度やふるまいがわたしたちの一般的イメージとは一致しない人々が存在する。そして、そのような「不一致」の人に対しては、わたしたちはひどい誤解を抱いてしまいがちである。著者はその典型例として、アマンダ・ノックスの一件を挙げている。

ルームメイトが殺害されたその日、当時のイタリア警察の見立てによれば、留学生のノックスは複数の男たちと乱交パーティーに興じていた。そして、事件発覚後のノックスの行動は、控えめに言っても不可思議なものであった。被害者の死を友人たちが静かに悲しんでいるなか、なぜかノックスは大きな怒りの声をあげていた。殺害事件の翌日、彼女は交際相手と一緒にランジェリー・ショップへ赤い下着を買いに行った。そんなことが事細かに報道されるにつれ、世間も彼女に対する疑惑の目をいっそう強めていく。

だが結局、警察の大間違いが発覚し、ノックスが「シロ」であることも判明する。彼女は殺人犯や悪女であったのではない。単純な話、彼女は「不一致」の人であったのだ。「彼女はイメージと一致しなかった。ノックスは、罪を犯したかのように振る舞う無実の人だった」。そして著者はこう強く指摘する。透明性という考え方から逃れないかぎり、「私たちは、不一致の人にうまく対処することができない」。

というのが、本書の議論におけるポイントのひとつである。いま見たように、本書には血なまぐさい話や、思わず眉をひそめたくなるような話も登場する。しかし、それらを記述する際にも、グラッドウェルの文章はあくまでも端整で、どこまでも軽やかだ。それもまた、最高のストーリーテラーのなせる業だろう。

すでに述べたように、いよいよ本書の最終章で、サンドラ・ブランドの謎に対する著者の回答が示される。彼女はなぜ逮捕され、3日後に自殺してしまったのか。それについては、ぜひ自身の目で確かめてほしい。
 

天才!  成功する人々の法則
作者:マルコム・グラッドウェル
出版社:講談社
発売日:2009-05-13
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上で述べたように、グラッドウェルは多くの一般読者を獲得しているとともに、研究者からも高い評価を受けている。この本で言及されている「1万時間の法則」は、とくに研究者からの引用が多い。

第1感 「最初の2秒」の「なんとなく」が正しい
作者:マルコム・グラッドウェル
出版社:光文社
発売日:2006-02-23
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「ひらめき(blink)」ないしは「第一感」について論じた本。いたずらに著書を量産したりするのではなく、数年かけて内容のある本を確実に仕上げてくる点でもまた、この著者には好感が持てる。

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