『ドリーム・ハラスメント 「夢」で若者を追い詰める大人たち』大志を抱かない生き方は許容されるか?

西野 智紀2020年07月19日 印刷向け表示
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
ドリーム・ハラスメント 「夢」で若者を追い詰める大人たち (イースト新書)
作者:高部 大問
出版社:イースト・プレス
発売日:2020-06-10
  • Amazon
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • HonyzClub

本書は、大人たちの「夢を持て」「大志を抱け」という温かなアドバイスが数多の若者たちを苦しめている事実を剔出する一冊である。なんだそりゃ、軟弱すぎる、大袈裟だ、そんなわけない……などと憤る方は多いだろう。だが、大学の事務職員として学生のキャリア支援と講演活動を精力的に行ってきた著者は、一万人以上の若者の生の声を聞き、もはや看過できない域に達していると痛感する。今の時代、将来の夢の話はただの嫌がらせになるリスクのほうが高いのだ。

とはいえ、あらかじめ断っておくと、この本の目的は犯人の糾弾ではない。なぜ夢の話がハラスメント化したのか。第一、夢とは何か。夢の持てる状況とはどのように生じるのか。こうしたメカニズムを詳らかにした上で、多様な生き方を受け容れる社会とはどんなものか思案・思索していく内容となっている。

まずは現状認識から。将来の夢なんかない。やりたいことがよくわからない。自分のキャリアビジョンが持てない……。こうした若者がいま急増しているという。彼らにとって夢とは、劣等感や焦燥感で心をずたずたに切り裂く凶器である。ところが、今や学校の内だろうが外だろうがそこかしこに夢が溢れていて、避けようにも避けられない。

たとえば、授業の一環で将来の夢の発表をしたり、進路面談で夢を聞かれたりする経験はおそらく多くの人があるだろう。小学校高学年向けの道徳教材『心のノート』には夢へのステップという題目があり、夢の体現者としてイチロー選手が登場する。著名人の夢語りなどテレビや本で腐るほど取り上げられてきた。また、これまでの音楽の教科書1354冊の楽曲を調べたところ、「ゆめ」「夢」から始まる歌は160曲以上で、「きぼう」「希望」の倍近くあったという。

高校、大学と進学しても、夢の呪縛からは逃れられない。就職活動において、自己実現、将来のビジョンを履歴書や面接で問われるのはごく当たり前だからだ。会社だけでなく、保護者や教師も夢がない人間には手厳しくなっていく。このように教育行政・家庭・学校が無自覚の共犯者として三位一体となって作り上げられた夢漬けの生活は、希望に満ち満ちた若者を量産した……なんてことはなく、20代以上の男女で夢を持っているのは51.9%という結果だった(『日本ドリーム白書2018』)。

ここで指摘しておかねばならないのは、もともと夢とは「億万長者になりたい」「推しのコンサート行きたい」「田舎暮らしに飽きたから上京したい」などと、なんだっていいはずなのに、「やりたい職業・仕事」に限定されてしまっている点だ。そもそもの問題として、夢が睡眠時に見る映像以外に職業的自己実現の意味を付与されたのはいつ頃なのか。

この、夢と職業観の変遷の歴史がなかなか興味深いが、冗長になるので答えだけ。20世紀、人々が職業選択の自由の権利を認められてからだ。日本なら1947年日本国憲法施行が意識変化の始まりである。先人たちが労苦を重ね掴み取った自由であるが、半世紀経ち、新たな苦悩を生み出しもした。それは、職業は「自分は何者か」というアイデンティティと直結するにもかかわらず、相手(会社、職場等)から選ばれない可能性と表裏一体であることだ。

著者はこれを「リベラル化・リスク化した社会」と呼ぶ。現代は、生まれたとき、自分を規定する身分も宗教も職業も基本的にはなく、何を目指してもOKだ。が、それは後発的に自分探しをしてアイデンティティを築き上げなければならない切迫に加え、何者にもなれない危険性と隣り合わせの社会である。

この過酷な自由競争ゲームを勝ち抜いてもらうために、動機付けとして大人たちの善意から編み出されたのが2000年代以降の夢ビジネスでありキャリア教育であったのだが、奏功しているとはとても言えない。没個性ではいけないと若者に教える一方で、個性の発揮を抑制する自己責任という言葉を使い、大人の夢計画に付き合わせているのが現状なのだ。

では、夢が持てず苦しむ若者はこのハラスメントにどういったリアクションを取っているのか。著者によればいくつかのタイプに分類できるという。まず、進路を決断できず、いつの日か夢と出会えるのを待ち続ける待機型。夢を問われ、慌てて拵えて後悔しがちな即席型。大人の顔色を窺って、周りに合わせて面従腹背のように本心を隠して夢をつくる捏造型。

夢問題が唯一免除された存在もいる。それが学業優等生で、彼らは「良い子」で勉強意欲が高いから就労意欲も当然高いはずだと見なされている。しかし、勉強漬けであったがゆえに問題を回避できていただけで、就活で初めて夢を聞かれて呆然とする人も少なくない。よってタイプ分けするならば免除型と言える。

ここまで読んで、じゃあ夢で困っている子供や教え子に何もサポートするなと言うのかと、まだまだ憤懣やるかたない方もいるかもしれない。残念だがその通りである。大人は何もせず、背中で語れと著者は述べる。そして、若者が何か熱中できるものを見つけても、非評価・非妨害を貫くのが肝要だ、と。

翻って、将来の夢を持てない若い人たちは、夢からの逆算ではなく加算の生き方もあると知るべきである。つまり、とりあえずは目の前のタスクに取り組み、小さな成功体験を積み重ねていくやり方だ。あるいは、自分ではなく他人の夢に奉じるのも面白いかもしれない。

無論、大志があったから自分はやってこられた、という人もいるだろうし、それはそれで貴ばれるべき人生である。しかし、夢を持てない人を落伍者だと爪弾きにして、果たしてそれが成熟した社会と呼べるのだろうか。

夢のハラスメントという、言及が難しくタブーに近い問題。本書はそれを、丹念な文献調査と600時間以上に及ぶインタビューを経て、見事に言語化してみせた労作である。何より、学校教師や保護者といった特定の誰かを批判するでもない、思いやりのある筆致が心地良い。少なくとも評者は、さしたる夢のないまま生きてきた長年のもやもやが晴れる思いがした。
 

ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
出版社:中央公論新社
発売日:2014-10-24
  • Amazon Kindle

『ノンフィクションはこれを読め! 2014』電子版にて発売中!