『京都に女王と呼ばれた作家がいた』男たちはなぜ彼女に魅了されたのか

首藤 淳哉2020年08月11日 印刷向け表示
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京都に女王と呼ばれた作家がいた 山村美紗とふたりの男
作者:花房 観音
出版社:西日本出版社
発売日:2020-07-14
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この本の帯は傑作だ。そこにはこう書かれている。
「京都で人が殺されていないところはない」

1200年の歴史を繙けば、戦乱で都が荒廃した時代もあるし、いかにもそこら中で人が死んでいそうだが、これは小説の話だ。

京都に住み、京都を舞台にしたミステリーを書き続けた作家といえば、山村美紗である。22年間の作家生活の中で200冊以上の本を出し、売り上げは3200万部を超え、100本以上がドラマ化された。派手なドレスに身を包み、名声をほしいままにするその姿は、まさに「ミステリーの女王」の名にふさわしかった。1996年に62歳の若さで亡くなったが、間違いなく一時代を築いたベストセラー作家だった。

だが、キャラが立ち過ぎていたせいか毀誉褒貶も激しかった。
ゴシップのほとんどは雑誌『噂の真相』が発信源だったと記憶する。大手の出版社には「作家タブー」があると言われる。利益をもたらすベストセラー作家を怒らせるのはご法度。ゆえに作家のスキャンダルは出版社系の週刊誌では扱わない。そこで『噂の真相』のようなスキャンダル誌の出番となる。文壇ゴシップは同誌の定番ネタだった。山村がらみで覚えているのは、新聞広告で他の作家の名前が自分よりも一ミリでも大きいと出版社幹部を呼びつけて叱責するとか、隣に居を構える西村京太郎とは男女の関係にあり、互いの家は秘密の通路でつながっている、といった話である。

2010年に団鬼六大賞を受賞してデビューした本書の著者もまた、京都を舞台に女の性を書き続けて来た。京都に根を張り、京都を描く女性作家が山村美紗以来ということもあって「官能界の山村美紗」(井上章一)などと評されることもあり、自然と山村美紗を意識するようになった。

山村美紗といえば、著者が作家になってまもない頃、こんなこともあった。
ネットで偶然、「〜山村美紗とともに〜山村巍(たかし)と祥(しょう)ふたり展」が開かれたというニュースを見つけたのだ。記事によれば、故・山村美紗の夫が再婚した妻とともに「山村美紗展」を開催したという。美紗の生前、夫の巍はほとんど表に出ることがなかった。その夫が亡き妻の肖像画を描き、現在の妻と個展を開いたというのだ。しかもその妻は39歳も年下だという。
夫の描いた肖像画は、本書のカバーでも見ることができるが、美紗の身体が肉感的で妙に生々しく描かれており、作者の執着のようなものが伝わってくる絵である。

この個展に先立つ2000年には、西村京太郎が『女流作家』を発表し話題になった。ふたりの小説家の恋愛と創作者としての葛藤が描かれたこの作品は、「あくまで小説」と西村自身が断っているものの、巻頭に「山村美紗に捧ぐ」とあったり、登場人物が明らかに美紗と西村をモデルにしていたり、今風に言えば、随所に「匂わせ」がみられる作品だった。

山村美紗の死後、亡き妻の肖像画を描き続ける夫と、美紗をモデルにふたりの恋愛を小説にした西村京太郎——。なんだか凄い話だ。ひとりの女性がこの世を去ってなお、男たちの心をつかんで離さないのである。男をここまで虜にする山村美紗とは、いったいどんな女性なのか。著者は彼女の人生へと分け入って行く。

本を読んで欲しいので詳しくは触れないが、著者が描く山村美紗の姿は、華やかなベストセラー作家のイメージとはかけ離れたものだ。生年は公式プロフィールでは1934年(昭和9年)だが、実際は1931年(昭和6年)生まれである。学歴にも事実と異なる点がある。なぜこのような齟齬があるのか。その背景には、さまざまな壁に行く手を阻まれながら、自分の手で道を切り開こうと悪戦苦闘してきた彼女の半生があった。

それは淋しい少女時代であり、女性であるがゆえに進学先が限られたことであり、何度も応募しては落選し、ついに手が届かなかった江戸川乱歩賞であった。コップレックスをばねに彼女は「作家・山村美紗」を自ら作り上げていく。そのためにはなにがなんでも書き続けるしかなかった。体が弱いにもかかわらず、決して休まず、眠らず、ボロボロになっても書き続けた。

「松本清張に気に入られたからデビューできた」「女を使って作家になった」などと噂されているのは知っていた。だが、東京の作家のように文壇バーで日夜、人脈づくりに勤しむようなことは、夫や子供もいて京都に住む自分にはできない。だから売れるためにはなんだって利用した。「カーレーサーのライセンスを持ち、華道は池坊準花監の免状、日本舞踊は花柳流の名取、クレー射撃も趣味とする」という出版社の宣伝にも積極的に乗っかった。また売れ続けるために、西村京太郎とタッグを組んだ。ひとりよりふたりで出版社に対峙したほうが舐められない。やがて「京都組」は出版社にとって無視できない存在になった。

本書の最大の読みどころは、長く山村美紗の陰の存在だった夫・巍の人生に光を当てたことだろう。山村巍は1928年(昭和3年)生まれ。美紗が作家になる前、教師をしていた時に、同じ学校の同僚として出会った。巍は数学の教師で、妻がベストセラー作家になっても、定年までコツコツと勤め上げた。

著者に美紗の魅力を問われた巍は「フェアリー的存在」などと答えている。巷間伝わる女王のイメージとはまるで違う、かよわく男の庇護欲をそそる存在だったようだ。心を許した男性の前では、弱さを隠さなかったのかもしれない。それにしても、いかに深く愛していたとはいえ、美紗に対する巍の献身ぶりには驚かされる。なにしろ美紗が創作の同志である西村京太郎と隣同士で住みたいといえば、黙認して自らは向かいに住んで妻を見守るのである。さまざまな男性と噂になった美紗も、そんな夫の並外れた寛容さに甘えていたようだ。夫婦の仲は他人からはうかがい知れないものだが、ふたりの絆のあり様は、いささか常人の想像を超えている。

だからこそというべきか、美紗が亡くなった後の巍の喪失感は凄まじかった。
ところが、ほとんど心が壊れそうになる中で、巍の身にある不思議な出来事が起きる。そしてそこから憑かれたように亡き妻の絵を描き始めるのである。その精神のドラマは、ぜひ本書を読んで欲しい。

山村美紗の墓前で、著者が巍と再婚した妻と対面する場面は、ひときわ印象に残る。墓前で妻の顔を正面から見た著者は驚愕する。面長の美人で細身、ウェーブのかかった髪の毛——。そこには美紗とそっくりの女性がいた……。

本書の出版にこぎつけるまで、各社に出版を断られるなど、著者はずいぶん苦労したようだ。例の「作家タブー」である。西村京太郎は今年9月に90歳を迎えるとは思えないペースで作品を発表し続ける現役のベストセラー作家なのだ。だが読者からすれば、出版社の忖度などどうでもいい。本書がゴシップ的な興味で書かれたものではないことは読めばわかるし、おそらく読みもせず、脊髄反射で忖度を優先させたのだろう。読者としては、このような面白い評伝が埋もれることなく世に出たことに胸をなで下ろしたい気分である。

ある人物の死が、ひとつの時代の終焉を象徴することがある。
山村美紗は、本を売るために死力を尽くした作家だった。
彼女が亡くなったのが1996年だったことは果たして偶然だろうか。
この年は、日本でいちばん本が売れた年だった。
山村美紗は「本が売れる」時代とともに、この世を去ったのだ。

綴る女-評伝・宮尾登美子 (単行本)
作者:林 真理子
出版社:中央公論新社
発売日:2020-02-18
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女性たちを熱狂させた「宮尾ワールド」は本当に存在したのか。作者が描いた土佐の花柳界の話は事実なのか。宮尾登美子の生涯の秘密に、生前、宮尾と親交のあった林真理子が切り込む。どんなに親しかろうと書きたい衝動に抗えないのが作家の性なのだろう。こちらも読み応えのある評伝だった。

ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
出版社:中央公論新社
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