『伝説の「サロン」はいかにして生まれたのか コミュニティという「文化装置」』リモートワークの時代に創造的な場をどう作るか

首藤 淳哉2020年08月29日 印刷向け表示
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伝説の「サロン」はいかにして生まれたのか コミュニティという「文化装置」
作者:増淵 敏之
出版社:イースト・プレス
発売日:2020-06-17
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特定の時代や場所に、すごい才能の持ち主がなぜか集まることがある。新しい芸術や思想を生み出した19世紀末のウィーン、あるいは1920年代のパリ。歴史をひもとけばいくらでも例を挙げることができる。

本書はクリエイターたちが特定の場所に集まるメカニズムと要因を解き明かそうとする試みだ。そこで扱われるのは、戦後日本のカルチャー史を彩る数々の伝説的サロンやコミュニティである。

その筆頭は、なんといってもトキワ荘だろう。かつて東京・豊島区南長崎の小さな木造アパートに手塚治虫、赤塚不二夫、石ノ森章太郎、藤子不二雄といった天才たちが集まった。いずれも漫画界のレジェンドである。よくぞここまで集まったものだと思う。

才能あるクリエイターたちが特定のエリアや同じ建物内に固まって住む「集住」という現象が、日本では多くみられた。大正から昭和初期にかけては田端や阿佐ヶ谷、鎌倉に文豪たちが集まり「文士村」を形成したし、大正末期から戦後にかけては画家たちが西池袋界隈(かいわい)にアトリエを構え「池袋モンパルナス」と呼ばれた。

集住のメリットは何だろうか。練馬区の「大泉サロン」といえば、竹宮恵子や萩尾望都ら漫画表現に革命をもたらした「24年組」と呼ばれる漫画家たちが集った場所である。竹宮と萩尾の共通の友人である増山法恵がここのキーパーソンだった。少年愛を初めて本格的にテーマにした竹宮の傑作『風と木の詩』は、増山との対話に刺激され生まれたという。「彼女が面白がってくれたことに心が躍った。次々にその場で設定が生まれるドライブ感。あれはもう、一生に一度のことだったように思う」。自伝『少年の名はジルベール』の中で竹宮は当時の興奮をこう語っている。

ただ同じ場所にいるだけでは何も生まれない。互いに刺激し合うことで、場はクリエイティブな機能を持ち始める。

「協創」や「創発」の場にはクリエイター同士をつなぐ人物の存在が欠かせない。60年代に高感度な人々の溜まり場だった六本木のレストラン「キャンティ」では、文化人や芸能人、怪しい外国人から大人の世界に憧れてやって来た10代の子どもたちまでが同じテーブルになるよう、オーナーの川添夫妻がさりげなく気を配っていたという。多様な人々が交わり合う場から新しい文化が生まれることを夫妻は熟知していたのだ。

それにしても本書を読みながら何度もうらやましい思いに駆られた。若き作家や俳優たちが議論を交わした喫茶店「新宿風月堂」や、時代の先端を行くデザイナーやカメラマンらが事務所を構えた「原宿セントラルアパート」の熱気を肌で感じてみたかった。

デジタル化が加速する現代において、文化の発信地はどこにあるのだろうか。著者は「コワーキングスペース」や「オンラインサロン」を挙げているが、これらの評価はまだ定まっていない。新しい文化が生成される場や、コミュニケーションの本質はいつの時代も変わらない。だが新型コロナウイルスによって、私たちは不特定多数の他者と出会う機会の多くを奪われてしまった。リモートワークの時代にふさわしいクリエイティブな場をどう作るか。本書にはそのヒントが詰まっている。

※週刊東洋経済 2020年8月29日号

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