『京都に女王と呼ばれた作家がいた』時代の寵児を描いた覚悟の評伝

東 えりか2020年10月11日 印刷向け表示
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京都に女王と呼ばれた作家がいた 山村美紗とふたりの男
作者:花房 観音
出版社:西日本出版社
発売日:2020-07-14
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 山村美紗の訃報は衝撃的だった。1996年9月、帝国ホテルで執筆中に心不全を起こし62歳の生涯を終えた。

超売れっ子の作家の死は大騒動となる。亡骸は京都に戻り、ゆかりのお寺で葬儀が営まれ、参列者には出版関係者はもとより、テレビ、映画関係者や俳優たちが大勢集まった。

参列者が驚いたのは「美紗さんにご主人がいた」こと。喪主は夫の巍(たかし)であった。

華やかな山村美紗の実生活は謎に包まれていた。京都東山に西村京太郎と隣同士で住んでいたのは有名だが、その間柄は近しい編集者でも知る人はいなかった。だが、ふたりはタッグを組んで出版社と交渉を行っていたのは事実だ。流行作家が出版社と対等に渡り合った稀有な例かもしれない。

本書の著者、花房観音は京都在住の作家である。2010年、第一回団鬼六賞を受賞してデビューした。本の打ち合わせの折、京都在住で京都を描く女性作家は山村美紗以来だ、と言われたそうだ。その後も、京都を舞台にした小説を書くたび、山村美紗の名前が付いてまわる。

そんな時、山村美紗の夫の山村巍と、再婚した妻の祥(しょう)が美紗の肖像画の展覧会を開くというニュースを見つけた。

美紗が亡くなるまで陰の存在だった巍とはどんな人か、そして世間的にはパートナーであった西村京太郎は何を思っていたのか。彼らを魅了した山村美紗は女として、作家として、どんな人だったのか残しておきたいと資料の渉猟が始まった。

何年も作家の長者番付に載るほどの人気作家の美紗は、テレビや雑誌などへの露出も多い。エッセイもたくさん残っている。だがその中には虚飾も多く、本当の腹は探れない。

著者は山村美紗の出生からの年譜を詳細に調べ上げた。京都生まれであるが、育ったのは韓国の京城で、敗戦後に苦労して帰国したこと。身体が弱かったこと。父親は京都大学教授だったこと。理科系が得意で兄弟のなかで一番頭がよかったこと。国語教師として赴任した伏見中学で巍と出会い結婚したこと。株の売買に特異な才能があったこと。長女の紅葉をもうけたのち、推理小説を書くようになったこと。

江戸川乱歩賞に何度も応募するが、予選通過、最終候補にまで残っても受賞は逃す。このことが美紗のコンプレックスであり、書くことのエネルギーになっていく。

尊敬する作家や気になる作家には積極的に連絡を取り、親しくなる。華やかな風貌で会話も洒脱、一緒にいて楽しい女性だから、誰もが美紗を好きになる。西村京太郎との不思議な間柄も、お互いの利害が一致したからだったのだろう。魔性の魅力があったのだと思う。

人気作家のスキャンダルは出版社が握りつぶす、という作家タブーは今でも存在する。90歳になった今でも人気の衰えない西村京太郎に遠慮して、本書の出版は難航したらしい。しかし出来上がった作品は時代の寵児であった山村美紗を見事に描き出す読み応えのある評伝となった。(ミステリマガジン11月号より)

ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
出版社:中央公論新社
発売日:2014-10-24
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