『ノーベル平和賞の裏側で何が行われているのか?』世界で最も栄誉ある賞 その知られざる舞台裏

2020年12月12日 印刷向け表示
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ノーベル平和賞の裏側で何が行われているのか?

作者:ゲイル・ルンデスタッド
出版社:彩図社
発売日:2020-10-27
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カール・フォン・オシエツキーの名前を知っている人が今、どれほどいるだろうか。彼は1935年にノーベル平和賞を受賞したドイツのジャーナリストで、当時のヒトラー政権が受賞に猛反発したことで知られる。ノーベル平和賞の選定理由は時に物議を醸す。激しい議論を呼ぶのは、この賞の注目度の高さの裏返しでもあるだろう。

1901年に創設されたノーベル平和賞は「世界で最も栄誉ある賞」といわれる。毎年10月初旬にノルウェー・ノーベル委員会が発表する名前には世界の注目が集まる。

だが、考えてみると不思議な話ではないか。毎年の受賞者を決めるのは、私たちが名前も知らないわずか5人のノルウェー人委員なのだ。にもかかわらず、ひとたび受賞者の名前が発表されるや、時には歴史を動かすようなインパクトをもたらす。ノルウェーは人口が世界の0.1%にも満たない国だが、ノーベル平和賞によってその規模からは想像できないほどの国際的影響力を持っているのである。

著者は90年から2014年まで25年間にわたりノーベル研究所所長とノーベル委員会事務局長を務めた。受賞者を決定する瞬間に居合わせただけでなく、受賞者と連絡を取る役割も担っていた。委員会はどのように受賞者を選んでいるのか。受賞者たちはどんな人物だったか。また、委員会への政治的圧力などはないのか。ノーベル平和賞の舞台裏を語るのにこれほどふさわしい人物はいないだろう。

著者の在任中、最も激しい論争を巻き起こしたのは、09年のバラク・オバマ氏への授賞だった。大統領の座に就いてわずか9カ月での受賞に、米国内からネガティブな反応が起きたのだ。「オバマはまだ何も成し遂げていない」という批判である。

オバマへの授賞理由は「ノーベル委員会が何十年にもわたって精力的に取り組んできたあらゆる理想を体現していた」ことだという。その理想とはすなわち、国連を重視した多国間外交や対話の尊重、核なき世界へのビジョン、民主主義と人権の重視などだ。

ノーベル平和賞の位置すべき場所を、著者は「やや左寄り」という言葉で表現する。つまり理想主義と現実主義がうまく組み合わさった地点の提示こそが、この賞の役割であるということだ。

事実、ノーベル平和賞はこれまでの歴史を通じて平和の概念を拡張してきた。近年では「環境」が新しく平和の概念に含まれるようになったし、女性の受賞者も増えている。ノーベル平和賞は、時代ごとの理想に合わせてアップデートを繰り返してきたのだ。

とはいえ、そこには困難もつきまとう。本書には賞をめぐるさまざまな軋轢も記されているが、とくに10年に中国の人権活動家・劉暁波(服役中の17年に死去)が受賞した際の中国政府の圧力のすさまじさには驚かされた。

著者は過去のノーベル委員会の「重大な過ち」についても率直に記している。このフェアな姿勢と理想主義こそが、ノーベル平和賞を「世界で最も栄誉ある賞」たらしめている理由だろう。何かを隠すことで権力を誇示できると考えている政治家は本書を熟読すべし。この本には、日本が世界から尊敬される国になるためのヒントも書かれている。

※週刊東洋経済 2020年12月12日号 

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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