『アルツハイマー征服』連帯が連帯を生む、絶望の中の希望の物語

内藤 順2021年02月06日 印刷向け表示
  • このエントリーをはてなブックマークに追加
アルツハイマー征服
作者:下山 進
出版社:KADOKAWA
発売日:2021-01-08
  • Amazon
  • Kindle
  • honto
  • e-hon
  • 紀伊國屋書店
  • HonyzClub

現在、全世界で約5000万人の患者とその家族が苦しんでいるアルツハイマー病は、完全に治す方法がないことで知られている。高齢化が進む日本で、今後アルツハイマー病による認知症がさまざまな課題を発生させていくことは想像に難くない。

しかしこの病に関する研究が進み、現在では治療への大きな希望が見えてきているのだという。本書はそんなアルツハイマーという病の征服に挑んだ人々の挑戦記だ。

青森に住む、ある家族の話から本書は始まる。その一族は、長身の美男美女が多い家系でよく繁栄したが、なぜか40代、50代になると、認知症を発症する者が多かった。患者の死後に解剖すると、通常はみっしりと折り重なり隙間などないはずの大脳が、くるみのようになり、脳溝がすかすかに広がっていたという。

ここから話は一気に、アルツハイマー病の正体を突き止めようとする人たちの壮大なバトンリレーへ転じる。ある人は利他的な気持ちから克服の道を探り、またある人は自らの好奇心に基づいて解決を目指す。利他と利己が入り乱れる中、時空を超えて連帯する人々が、アルツハイマー病の克服へと着実に歩みを進める様子がよくわかる。

病の原因が脳細胞の中に見える黒いしみのようなものであると特定され、その正体がアミロイドベータと呼ばれる物質だと突き止められたことから、道が拓けていく。

だがアルツハイマー病には、明らかに遺伝によると考えられる家族性のものもある。それを引き起こす遺伝子を特定できなければ流れは断ち切れないが、やがてこの遺伝子も特定された。アルツハイマー病の症状を呈するよう遺伝子を改変したトランスジェニックマウスが開発されるようになると、次はさまざまな治療薬を試すフェーズだ。

その後、いち早くトランスジェニックマウスを開発した会社の天才科学者が、思いも寄らぬ一手で大きな成果を上げる。それはアミロイドベータを筋肉注射し抗体を作り出す手法で、いわばワクチン療法のようなものだった。

この手法は治験段階でつまずきを見せたが、別の会社で独自に改良されたものが、アデュカヌマブという薬として結実していく。アルツハイマー病の特効薬として、今、非常に注目されているそうだ。

科学者たちの連帯が生んだこれらの成果は、新たな連帯をも生み出した。それは、科学者と患者との連帯である。アルツハイマー病であると知るのが絶望でしかなかったときには情報の断絶もあったが、希望が見えてきた。それにより、患者や家族が情報を共有しながら、治療などの方針について自己決定することが可能になったのだ。

創薬をめぐるドラマチックな展開。そして病の克服を目指す科学者たちの人間的なヒストリー。そこにある絶望や希望が有機的に絡み合いながら、不治の病が過去のものになっていく。

とかくコロナに注目の集まりがちな昨今だが、言うまでもなく、コロナ以外の病に苦しんでいる人も大勢いる。それらの病に人類がどのように立ち向かってきたかを知るのは、今われわれに最も必要なことなのかもしれない。本書はまぎれもなく、連帯が生み出した希望の物語なのだ。

※週刊東洋経済 2021年2月6日号

ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
出版社:中央公論新社
発売日:2014-10-24
  • Amazon Kindle

『ノンフィクションはこれを読め! 2014』電子版にて発売中!

人気記事