『アルツハイマー征服』圧倒的な取材力と筆力で読ませるサイエンス・ノンフィクション!

青木 薫2021年01月10日 印刷向け表示
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アルツハイマー征服
作者:下山 進
出版社:KADOKAWA
発売日:2021-01-08
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本書のプロローグは、「青森のりんごの形が良いのは、季節ごとに、こまめに手当てをするからだ」という、青森在住のわたしにとっては、不意を突かれる一文ではじまります。

なぜ、アルツハイマーの本で、青森のりんごなのか? その理由はすぐにわかりました。青森には、家族性アルツハイマーの大きな一族があるというのです。長身で美男美女の多いその一族は、おそらくは結婚相手に困ることはなかったのでしょう、よく繁栄したといいます。しかしどういうわけか、四十代、五十代になると、おかしなことが起こる。二戸陽子さん(仮名だそうです)の身にも、それが起こります。四十歳になる頃からりんごの作業ができなくなり、やがて、りんごの収穫期に、りんごの実ではなく、葉っぱを摘んで持ち帰るようになる。すると一族の人たちは、こうささやきあったそうです。「これはまきがきたのかもしれない」

ここでわたしはまたしても、ドキッとしました。「まき」。そう、すっかり忘れていたこの言葉。『アルツハイマー征服』の著者である下山さんは、この言葉をご存じなかったようですが、東北に生まれ育ったわたしにとっては、ごく身近な言葉でした。「あの家はあたり(脳卒中)のまきだ」「あそこは糖尿のまきだもんなぁ」「おたくは頭の良いまきだもの」「うちは長生きのまきだから」。悪いことばかりではなく良いことまで含めて、「まき」はいつも身の回りにありました。かならずしも今日でいうところの分子生物学的基礎のある遺伝だけでなく、その家の生活習慣や食文化、あるいはいわゆる文化資産に関係するようなものものまで含めて、その家の者として生れ落ちたときから背負っているさまざまな事柄が、「まき」という言葉で表現されていたのです。

わたしは、「まきって何?」と両親や周囲の大人たちに尋ねたことはありませんが、心の中では、「虎の巻」などの「巻(volume)」なのだろうと勝手に思っていました。虎の巻が、答えを集めた一巻であるように、どの巻にも、それ独自のコンテンツがあり、全体のなかでの役割や位置づけがある。それはただ受け入れ、折り合いをつけるべきものであり、いわば、宿命のようなものなのだろうと。

もしも「まき」が宿命ならば、家族性アルツハイマーは、もっとも過酷な宿命のひとつと言えるのではないでしょうか。青森の一族の大きな系図の調査から明らかになったのは、この病気は50パーセントの確率で子に伝わっているということでした。そしてその素因を受け継いだ子は、ほぼ100パーセントの確率で、早ければ三十代、遅くとも五十代には発症することが今ではわかっています。ということは、親が素因を持っていれば、その子は思春期ぐらいに、壊れていく親を間近に見ることになる.....。その経験は、想像するにあまりあります。

本書は、その青森の一族のエピソードを一本の縦糸とし、アルツハイマー病の克服を目指す多くの人たちの戦いを横糸として織りあげられたドラマになっています。その戦いの最前線は、創薬です。創薬は、このたびの新型コロナのパンデミックでも世界中の耳目を集めました。新型コロナの場合には、アウトブレイクからまもなくウイルスが特定され、あれよあれよというまに世界各地で治験が登録されて、アッと驚くスピードでワクチンが開発され、一年とたたないうちにワクチンの接種が始まりました。しかし一般には、そんなにスムースにことが進むわけではありません。まず、病気の原因を突き止め、発症までの機序を明らかにしなければなりませんが、アルツハイマーの場合には、まずその出発点からして一筋縄ではいかないのす。

しかし、たとえ病気の原因と機序が完全には解明されていなくても、病気に苦しむ患者や家族を前にして、手をこまねいて待つことはできません。仮説を立て、想定される原因や機序のどこに攻撃するかを決め、現在の技術力で何ができるかを見きわめて、薬をデザインする(進行を遅らせる薬なのか、それとも時間を巻き戻してもとに戻すことを目指せる薬なのか)。その薬をなんとか作ることができたら、お金と時間のかかる治験のプロセスに進み、重大な副作用がないこと、そして薬効があることを証明しなければなりません。幸運に恵まれて治験のプロセスをすべてクリアすることができたら、今度は、製造と輸送の問題が待ち構えています(新型コロナの場合には、たとえばファイザーのワクチンの場合、摂氏マイナス七十度という低温で保存し、輸送する必要があります。それだけの態勢を、一般には供給側が全面的に背負います)。

この、いくつものステップを鎖の輪とするなら、すべての輪がしっかりとつながってはじめて、有効な薬が、必要とする人のもとに届くことになります。本書にはその輪のひとつひとつが描かれるのですが、特筆すべきは、それがすべて、人間のドラマになっているということでしょう。患者に向き合う病院の現場。基礎研究の場から創薬に踏み出す人たち。研究者の中には、データの捏造をしてしまう人もいれば、自らアルツハイマー病を発症してしまう人もいます。製薬会社の内情も、正直、わたしにとってはとても勉強になりました。「特許の崖」を転がり落ちても、アルツハイマー克服への情熱を捨てず、体制を大きく作り変えながら再起を目指す製薬会社。治験をクリアすることの厳しさ。こうしたことが、読む者をぐいぐい引き込む人間ドラマになっているのです。しかも、アルツハイマーというテーマを扱いながら、希望の光が注ぐエンディングになしえている。著者は、20年におよぶ粘り越しの取材によって、時間を味方につけたのでしょう。

私がサイエンス・ノンフィクションの翻訳を志したのは35年ほど前のことですが、当時、欧米の力量あるライターと日本の書き手のあいだには、埋め難いギャップがあると感じていました。なんといっても、取材力が違う。とりわけ現代の科学現場を描こうとするとき、欧米の一流のライターは、関係者への丹念な取材にもとづいて、登場人物が、悩み、苦しみ、挑戦し、泣き、笑う...そういう人間ドラマをみごとに描き出し、人間の営みとしての科学を生き生きと伝えることができる。ああ、これは、地理的な距離もあるし、言葉の壁もあるけれど、なにより文化的な蓄積がちがうな、そう簡単に乗り越えらるギャップではないな、と思ったのを覚えています。

しかし、このたび本書を読んで、著者の下山さんは、そのギャップに橋を架けたのだ、と思いました。本書には、日米欧の多彩な登場人物が、丹念な取材にもとづいて生き生きと描き出されています。下山さんの念頭には、欧米の一流ライターが到達している高みがあったのではないでしょうか。ギャップに架かったこの橋を、今後、日本の新世代ライターが続々と渡っていくのが見えるようです。そうであってほしいと思います。アルツハイマー病という本書のテーマに興味がある人だけでなく、日本のサイエンス・ノンフィクションの転換点を目撃したい人にも、強くお薦めしたい一冊です。

ノンフィクションはこれを読め!  2014 - HONZが選んだ100冊
出版社:中央公論新社
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