おばちゃん牧師の激烈な愛@西成 『愛をばらまけ』

吉村 博光2021年01月09日 印刷向け表示
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愛をばらまけ: 大阪・西成、けったいな牧師とその信徒たち
作者:上村 真也
出版社:筑摩書房
発売日:2020-11-30
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新年早々、私は圧倒された。本書は、大阪・西成の小さな教会で、約20人の信徒たちとともに生き抜く女性牧師を描いたノンフィクションである。いや、そんな説明ではミスリードをまねく。教会といっても床が抜けた古い中華料理店の居抜き物件だし、主役は1950年生まれのおばちゃん牧師である。そこはいわば、元野宿者たちとの壮絶な「生きる舞台(=家)」だ。

本書には、想像をはるかに超える真実のドラマがある。私は、年末の紅白歌合戦でMISIAの『アイノカタチ』を聴いた時のように、理屈抜きで心を揺さぶられた。その歌は「ずっと君が大好きだよ」とストレートに歌いあげる内容だが、本書もまさに無条件の愛の讃歌である。私の血は沸々と湧きたち、そしていま、本稿を書いている。

新型コロナウイルスの感染拡大で、私たちの生活は大きく様変わりした。この状況下では、自分が生き延びることに気が向きがちだ。でも、それ以外のことからも目を背けてはならないこと、同じ敵に一緒に立ち向かう姿勢こそ大切だということを、私は本書の西田牧師に教えられた気がする。私たちは、敵を間違えてはならないのだ。

まずは、西田の紹介からはじめよう。「伝道礼拝」などを通じて、西成の生活困窮者に「一度捨てた人生を、もう一度、新しく生きるんや」と声をかけ続けている。もちろん、それは簡単な話ではない。方々からヤジが飛ぶ。でもなかには、西田の強烈な人柄に引っ張られ、酒やギャンブルなどの悪癖を絶ち、キリスト教に帰依するものもいるという。

その人柄がどれだけ強烈か、説明していきたい。著者が西田の記事を新聞に書いたとき「日本のマザーテレサ」「マリア様」という反響があったそうだが、その姿は聖母のイメージとはかけ離れているという。コテコテの関西弁で本音をズバズバまくしたて、正しいと思えば一歩も引かない。よく笑い、すぐ泣き、急に怒るらしい。

要するに、人間臭いのだ。多くの人が避けて通る生活困窮者の支援を能動的に行えるのは、世間の目よりも自らの意志を尊重するからだろう。その人生は挫折の連続で、嫁いだ先の家と折が合わず幼子を連れて離婚し、50歳を過ぎて教師から牧師になった時も赴任先の教会から飛び出したという。

だからだろう。「社会にバカにされて相手にされへん気持ち、私には手に取るようにわかるねん」と本人も述懐する。野宿者に声をかけるのには危険もともなうが、西田は恐れない。「これも一種の才能」なのかもしれないが、その結果として裏切られたことも度々ある。それでも愛をあきらめない西田に、多くの読者は「本物」の姿をみるに違いない。

そんな彼女の半生を振り返る時、理解者として常に傍らにあったのは母・梅野さんだった。「私が輝いてるのを見るのが好きやってん」母親のことを語る西田の目には、いつも涙があふれるそうだ。93歳で亡くなったが、西田の瞼の裏には、人間臭く意志を貫く自分のことを応援してくれる最愛の母の姿が今もあるのかもしれない。

俗に、愛された経験がない人は愛し方がわからない、と言われる。その意味で母親から大きな愛を与えられた西田は幸運だった。そして、この小さな教会(=メダデ教会)を拠点に、その大きな愛をばらまいているように思える。本書には、愛を受け取るメダデの信徒たちのドラマが描かれている。そして、その一人一人の人生がめちゃくちゃ濃い。

それが本書の読みどころの一つであることは間違いない。しかし、私がその人生模様をここで長々と紹介するのは気が引ける。そして、仮にそのうちの一人を取り上げたとしても、本書の本当の価値は絶対に伝わらないだろう。なぜなら、全体を読んで初めてわかる感動があるからだ。

前科を負い家族を捨てた人々が交錯する、メダテという舞台。そこで西田という母親のもとに集った家族のように、個々人が成長していく姿そのものが宝石のように美しいのだ。皆様には、ぜひ本書を一読することをお薦めしたい。ただ、そのイメージをつかんでもらうためにも、私が最も心に残ったヒデキとオチという二人の信徒の話を紹介したい。

ヒデキがメダデに初めて現れたのは、ある日の「伝道礼拝」だった。缶酎ハイ片手にたばこを吸い、西田の説教にしきりにヤジを飛ばしていた。そのヒデキの前に歩み寄ってどなりつけたのが、教会の長老格のオチだった。その後、西田の人となりに触れて改心したヒデキは、しばらくは見違えるような生活を送った。

しかし、やがて寝付けなくなったヒデキは酒に口をつけ、酒浸りの生活に逆戻り。それでも西田はヒデキを救おうと躍起になったが、オチは反発して止めようとした。ヒデキの行動が他の信徒に悪影響を与えているからだ。しかし、最後はオチ自身が刑務所でヒデキを説得することで、ヒデキの再度の改心に成功した。

ヒデキの裁判が終わり、西田と信徒たちが教会に帰るシーンは実に感動的だ。西田一人の力ではなく、メダデの家族全員でヒデキに愛をばらまいたのである。シンナー、酒、ギャンブル。ヒデキやオチがどのような人生を歩んでメダデに辿り着いたのか、本書には書かれている。他にも、ヤクザ者や女で家族を捨てた者など、個性豊かな信徒たちである。

最後に、一つ書いておきたいことがある。西田は、自分に対しても信徒に対しても、とにかく金に厳しい。風呂にはほとんど入らず、ポットのお湯で身体を拭くだけ。20年近くパンの耳を食べて生活しているという。信徒たちは、激安スーパーにみんなで買い物に行って、「一人一点」の激安惣菜を買って食べているそうだ。

「金は人を狂わせる」と西田はいう。血税から支払われている生活保護のお金が、お酒に変わっていくのを見るのも我慢ならないのだろう。考えてみれば、メダデ教会が生活困窮者を一人救うたびに、私たちの税金の使い道が改善されていくのだ。めぐりめぐって、私も西田の愛に包まれているような気がした。

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