「社長のおくりびと」が書いた 『0円で会社を買って、死ぬまで年収1000万円』

吉村 博光2019年05月09日 印刷向け表示
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本書は、新しい時代のキャリアプランについて書かれた本だ。しかし著者の略歴には、次のように書かれている。「後継者不在などで存続の危機にある中小企業を700社以上支援してきており、「社長のおくりびと」の異名をもつ・・・」この経歴に、興味を持つ方は多いに違いない。ただ一瞬、タイトルとの間に違和感を覚えるかもしれない。しかし、よく考えてみれば事業買収の一方の主役は売り手側の社長なのである。

昨年私がHONZで紹介した『サラリーマンは300万円で小さな会社を買いなさい』は大きな反響をいただいた。その後、雑誌でも続々と特集が組まれるようになり、いまや個人M&Aは期待のキャリアプランとして注目の的となっている。しかしそれは、売る側にとってみれば、精魂込めて運営してきた会社の最終到達点でもあるのだ。

売る側がメリットを感じて、「売る決断」をしなければ何も始まらない。だからこそ、売る側の状況を知ることは不可欠である。本書には、著者だからこそ知り得たオーナー社長の置かれている状況が随所に書かれている。早速だが、そんなエピソードの一つを引用させていただく。

私の知り合いの社長は、いずれ会社を継がせることを想定して、よそから働きにきた40代の男性を自分の家の離れに住み込ませてあげていました。後継者ができたと喜んだ社長は、新しい工具や設備を買ってあげて、「いずれ会社は君に譲るから」と伝えてもいたそうです。(中略)ところが、ある日「実家に一度帰って、荷物を取ってきます」と社長に伝えて出て行ったきり、彼と連絡が取れなくなってしまったそうです。 ~本書第2章より

長らく「社長のおわり」に寄り添ってきた、著者のキャリアが存分に活きている。そしてそれが、結果的に本書を「売る側をも幸せにする個人M&Aの手引書」にしている。ブームを反映して、発売以来よく売れており、すぐに重版が決定した。

手に取る人が多い理由の一つは、タイトルにあるのかもしれない。少し前に流行った億万長者を目指す本に比べれば、手ごろな目標である。人口構造などの社会情勢を考慮すれば、非常に現実味がある。年収1000万円という数字は、単なる経済的な豊かさではなく、もっと別の豊かさを目指していることを示唆しているようにも見える。

おそらく、多くの方がオヤッと思うのは、「0円で会社を買って」の所だろう。しかしこれは決して、奇をてらった表現ではない。経済合理性優先の大企業のM&A市場とは異なり、まずは自分が何者か(スキルや志向)相手が何をしてほしいのかを把握しようという真摯な姿勢が必要だ、ということを示しているのだ。本書から抜粋する。

小さな会社をめぐる取り引きや投資は、現状、ほとんど仕組みが確立されていません。たとえば、確かな取引市場などはまだ存在していません。絶対的な方法論もまだありません。先行してかたちが築かれた大きな会社のM&Aのやり方を基本にして、なんとなくやっているのが現実です。しかし、それに従ってガチガチにやることは、小さな会社の取り引きにはあまりふさわしくないようにも感じます。 ~本書第1章より

そして、小さな会社はそもそも売りに出てこない、と著者は続ける。「では、どうやって探すのか」読者は疑問に思うだろう。本書には、その答えが用意されている。ただそれは、「このサイトで検索すべし」のような簡単なものではない。十分な時間をかけて、自分にあった会社を自ら探すというものなのだ。見つかりさえすれば、起業よりも断然有利だと説く。

博打なのか、改善なのか。やってみないとわからない起業と、ベースを土台に改善していける事業承継では、比較する意味すらないほど計画の実現性に差があるように感じます。しかも、小さな会社には、経営的な改善の余地が山ほど残されている場合ばかりです。 ~本書第1章より

成功の確率が高まるのは、十分、頷ける話だろう。しかしだからといって、脱サラのリスクを負ってまで、好きでもない仕事に就いても仕方がない。だからこそ大切なのは、自分が好きになれる会社を探すことと、最適な引き継ぎ方を決めることなのだ。本書には、その進め方が書いてある。それを知りたければ、ぜひ読んでみて欲しい。

売る側への理解が大切だというのなら、サラリーマンはその対極にあるではないかという反論もあるかもしれない。たしかに、多くの経営者が抱えている金回りや労務管理の苦労をサラリーマンは知らないだろう。しかし、著者は冒頭で次のように書き、その不安を払拭する。

私は、事業承継を成功させる後継者に必要な資質は次のようなものだと思っています。
「良いも悪いもひとまず受け入れ、しがらみの中で調整に立ち回り、現実を引きずりながらも粘り強く改善を続けられること」です。 ~本書まえがきより

サラリーマンならこのような資質をもっている。そして、長い老後と先細りする年金への不安を回避したい、という強い動機もある。しかし、一歩を踏み出すには勇気が必要だ。だから本書では、わざわざ章を割いて、リスクを減らすための分社手法についても説明している。

さらには、社長の責任の範囲がどこまでか(一家は路頭に迷うのか)にも触れ、承継後の面倒な人間関係についてすら言及している。さてあなたは、逃げ切れる世代なのか、そうではないのか。何もしないリスクをとるのか、それとも一歩を踏み出すリスクをとるのか。

後継者不足による廃業予備軍の中小企業は、全国に127万社あるといわれている。今まさに大廃業時代前夜である。このままいけば、多くの雇用や文化が失われるのだろう。年金政策や廃業中小企業対策を考えると、今後、個人M&Aのノウハウは整備され、いずれキャリア選択肢として確立されるかもしれない。

あなたの父親の幸せは、都心の大学を出てそこで就職し勤めあげる、ことにあった。しかしその裏で、ひっそりと故郷の家業は廃れていった。それから時が移り、かつてそこにあった幸せがそこにあり続けるとは限らない。次世代の幸せが、父の故郷にある廃業予備軍の企業を立て直すことにあったとしても、おかしくはないのである。

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