『牙 アフリカゾウの「密猟組織」を追って』その何気ない行動が、ゾウの生死を分ける

内藤 順2019年05月08日 印刷向け表示
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牙: アフリカゾウの「密猟組織」を追って
作者:三浦 英之
出版社:小学館
発売日:2019-05-08
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アフリカでゾウの密猟が急増していると聞かされても、多くの人にとって自分事として捉えることが難しいだろう。しかしゾウが殺されているのは、決して食糧としての肉を目的としたものなどではない。付属物にすぎないはずの象牙が1kgあたり2000ドルで闇取引され、遠く中国や日本にやってくるのだ。

サバンナのダイヤモンドとも言われる象牙。本書は、元アフリカ特派員の著者がアフリカ南部における象牙マーケットの全貌を描き出し、取引された象牙の行く末と私達の生活を結びつけた衝撃のノンフィクションである。

事態は深刻だ。アフリカでは、1940年代に約500万頭いたとされているアフリカゾウが、2010年代にはすでに約1割の50万頭にまで激減しており、このままのペースで密猟が続けば、野生のゾウはわずか10数年で絶滅してしまうかもしれないと言われている。

また、虐殺時の模様も凄惨極まりない。密猟者たちは銃弾を撃ち込んで動けなくした後、死後硬直が始まる前にチェーンソーで顔面そのものをえぐり取り、その巨大な牙を両方とも奪い去っていくのだという。

そんな象牙と日本の関わりは、歴史的に縁が深い。伝統文化として根付や伝統楽器に使われていたのはよく知られることだが、消費を爆発的に引き上げることになった最大の要因は、戦後に急増した印鑑素材への転用である。象牙は「幸運を呼び込む印材」として人気を集め、1980年代に日本は、世界の象牙の約4割を消費する国へとなっていたのだ。

著者はそんな象牙を取り巻く全容を解明すべく、取材を開始する。最初に着目するのは、密猟組織とテロリストの切っても切れない関係である。テロリストたちはアフリカゾウを殺し、象牙を密輸して稼いだ資金を元でに武器を買い、無辜の市民を殺害しているのだ。ケニアにおけるテロ事件でも知られるアル・シャバブは活動資金の40%が象牙の密輸で稼ぎ出したと目されている。

そんな状況を知りながらも、著者は密猟組織の中枢へと迫ろうとする。最初に接触したのは、密猟組織の最重要人物として国際指名手配されていたフェイサルという人物だ。長期勾留中にはかかわらず、裁判所に訪れるタイミングを見計らって直撃インタビューを敢行する。

そこで見えてきたのは、ゾウの密猟と中国との深い関係だ。著しい経済発展を遂げた中国では近年、象牙が「成功の証」として買い求められ、需要が爆発的に増え始めていたのである。

さらに次なるターゲットを、タンザニア国内で象牙密輸を取り仕切り、「象牙女王」と呼ばれた中国ビジネス界の超大物・楊鳳蘭に絞り込む。彼女の周辺を取材していくにつけ、著者は密猟に対するタンザニア政府や中国大使館の関与について確信めいたものを得る。

最終的に舞台は、南アフリカでのワシントン条約締約国会議へと場を移す。そこで著者が目の当たりにしたのは、狡猾にスタンスを変え国際社会で存在感を高める中国の姿と、プライドが邪魔をして玉虫色の解決を求める日本の姿であった。

殺されたゾウとテロリスト、そして日本の印鑑文化。それぞれの点が線になってつながっていく。つまりゾウたちが殺され、その産物がテロリストたちの資金源になり、多くの若者たちが無闇に虐殺されていることの発端は、私達が印鑑を買い求める時の何気ない選び方にあるのかもしれない。

様々な情報を手にしながらも、裏付けの弱さから記事にできないことのジレンマ。凄惨な事実を知りながらもペンの力で簡単に世の中を変えていくことの出来ないもどかしさ。センセーショナルな内容でありながらも、そういった心情があますところなく吐露されており、自然と文章に引き込まれていく。

出来ることなら、知らないままでいたかった。しかし知ってしまった以上、声を大にして言いたい。「知らなかったでは、すまされないこともあるのだ」と。

密猟象牙 (ナショジオ・セレクション)
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出版社:小学館
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出版社:文藝春秋
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