在外日本人の目に映る、世界各国の今 『日本の外からコロナを語る』

吉村 博光2021年02月09日 印刷向け表示
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コロナ禍に関する本はこれまでに数多く刊行されてきた。世界中の著名人が現状やコロナ後の世界について語っている。どれも示唆に富んでいて刮目するばかりだ。テレビでも、現地に派遣された特派員が各国の状況をリポートする様子を度々観てきた。彼らもコロナ禍での暮らしに不便を感じながら、必死に現地の様子を伝えている。

この本には、それらの本やテレビには映らない世界が広がっている。本書は、旅を書くことを生業にしている下川裕治氏が9か国のコロナ禍の状況を各国に住む知己にまとめてもらった本である。その中には、フランスのような感染爆発の渦中の国もあれば、ベトナムのように比較的抑えられている国もある。

「コロナ禍での暮らしや、思っているものを書いてみませんか」下川氏が声をかけたのは、原稿を書いて生活をしている人だけではない。そのため氏は締め切りが守られないことを危惧していたそうだ。でも、ほとんどの人が締め切り前に原稿を送ってきた。「いいたいことが山ほどあったんだ」下川氏は、そこに執筆者たちの熱い思いを感じたという。

読者である私にも、その熱波は伝わってきた。おそらくそれは、原稿を書いた9人全員が企業等から派遣された人ではなく、自ら海外暮らしを選んだ人であることと無縁ではない。彼らは、赴任者のコミュニティではなく、現地に溶け込んで暮らしている。だからこそ、彼らの視点から見える現実はときおり常識の斜め上をいった。

一言でいえば、報道とのギャップなのかもしれない。フランスでは罰金が日常的に行われていて窮屈だという報道を目にするが、意外なことに多くのフランス人は状況の変化を柔軟に受け入れているという。そこには、「助けられる人が助ける」というソリダンテの精神が関係していると書かれていた。

ソリダンテの精神について本書では、PTAの役員決めを例に挙げて説明していた。フランスでは「できる人がやればよい」と考え方でストレスなく決まることが多いという。形式的な公平性にこだわる日本とは異なる考え方だ。このように、コロナ禍を通して浮かび上がる国民性の違いを読めるのは本書の醍醐味の一つである。

一方、日本人として残念なエピソードもあった。ベトナム政府の対応は迅速で、早期の抑え込みに成功している。ご承知のようにベトナムは大変な親日国で日本へ憧れを持つ人が多いが、日本政府のコロナ対応の悪さが報道されると「世界をリードする先進国である日本は何をやっているんだ?」という声が人々の間から聞こえるようになったという。

レストランへの入店拒否、タクシードライバーからの警戒、マッサージ屋での施術拒否など、日本人として「肩身が狭い」と感じる状況に変わっていったというのである。長年かけて築き上げてきた両国間の絆が、揺らいでいるようで悲しかった。

予防意識のズレがコロナ離婚を引き起こすように、各国間の国民感情にもコロナは分断の種をまき散らしているのかもしれない。悪いニュースが伝播しがちな大手メディアでは、それを防ぐ役割は担えない。ジャーナリズム全体のバランスという意味でも、本書のような書籍の存在意義は大きいと私は思った。

例えば、日本で暮らす外国の方が「コロナ禍の日本」をどう綴るのか、という本書とは逆のアプローチの本もぜひ読んでみたい。さらに、それが海外に伝わると良いだろう。自助、共助、公助。日本政府の対応(公助)は確かにだらしないかもしれない。やや行き過ぎた感じがあるかもしれないが、自助と共助においては日本にも見習うべきものがあるに違いない。

日本人は、自粛警察から身を守り、彼らの無知をカラリと嗤う強さを身につけている。また、ウーバーイーツの自転車にイチャモンをつける老人は困ったものだが、マックの前で出待ちしている配達員のことを「ウーバー地蔵」と呼ぶ洒落っ気を江戸っ子(別に東京に限った話ではないが)たちは持ち合わせている。

緊急事態宣言下で満員電車に乗る日本人の姿は、海外から見れば奇異に映るだろう。でも、嘘か本当かそこからのクラスターはほぼ発生していない。その一方で日本人は消毒やマスクを励行し、病院や高齢者施設への見舞いを我慢している。そんな現状をぜひ海外に報じてほしい。そうでなければ、在留邦人の肩身は狭くなる一方ではないか。

他には、アメリカ、中国(上海)、台湾、カンボジア、韓国、タイ、フィリピンからのレポートが収録されている。移動制限のため、親の死に目に会えずZOOMで葬儀に参加した人がいたことを私は知った。また渡航前後2週間の隔離が、日本では「ゆるゆる」であるという事実も知った。ある程度想像はしていたが、現実を突きつけられると愕然とする。

そんな驚きが積み重なる本書の中で、ひときわ私の興味をひいたのがニューヨークからのレポートだ。執筆者は、福生(国道16号線沿いだ!)にある米軍ハイツで音楽に出会い、1976年に初めて憧れのアメリカに渡ったミュージシャンだ。現地に住み始めたのはその10年後。70年代と80年代と現在を行き来しながら、コロナの影響を活写している。

驚いたことに、市内の20%に当たるホテルがホームレスのシェルターになっている(本書執筆時)と書かれている。その費用(1晩で2億円強)は市が負担している。市から去る住民が急増し、公共交通機関にもオフィスビルにも人がいない。ニューヨークの凋落ぶりは激しく、執筆者は70年代の荒れた街に戻ることを危惧している。

このように本書の執筆者たちは、コロナ禍が浮き彫りにした不安や不満に正面から向き合っている。しかし、その思いを確かな筆致で工夫を凝らして描くことを忘れていない。もし一方的に不安や不満をぶちまけた内容なら、私は読むのをやめてしまったかもしれないが、本書は前向きな気持ちになれる文章が多い。

そこには前に進んでいこうという強い意志が感じられる。いや実際に人類は、この災禍の出口に着実に進んでいるに違いない。公害や交通戦争など次々に新たな課題に直面してきた現代社会だが、ふと振り返ると大きく前進していることが多い。そうなのだ。科学技術という武器を持っている我々は、これまでも「どっこい生きて」きたのだ。

「コロナ 国名」で検索すると、各国の感染者数の推移がわかる。なかには、本書執筆時と状況が大きく変わっている国もある。長期化の影響も心配される。そしてとにかく海外に住む日本人は、圧倒的なマイノリティである。彼らに発言の機会を与えるためにも、ぜひ本書の続編や姉妹編が読みたいものだ。

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