あの劇場で見た映画が忘れられない…だから『そして映画館はつづく』

2021年2月17日 印刷向け表示
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当たり前にあると思っていたものが、実は”当たり前”ではなく“有り難い”ものだったと、コロナ禍を経て、誰しも何か感じているものがあるのではないだろうか。

2020年4月初旬、コロナの影響で休業が相次ぐ全国のミニシアターを応援するためのクラウドファンディング「ミニシアター・エイド基金」が始まると、開始からわずか3日間で当初の目標額の1億円を突破。そこから約1ヶ月で3億円を超えるほどの支援が集まった。そこにはたくさんの人の、映画と映画館への愛情や感謝、そしてそれを喪うことへの危機感が詰まっていた。

私自身も、クラウドファンディングサイトMOTION GALLERYのメンバーとして、同基金のYouTube配信イベントの企画や運営を少しお手伝いさせてもらうなかで、これまで当たり前のように享受してきた「映画館のありがたみ」を痛感した一人だ。

本書は、全国各地のミニシアターを営む人たちと、映画にまつわる仕事をしている人たちの、コロナ禍におけるインタビューをまとめた一冊だ。そこには、コロナによる影響や変化はもちろんのこと、ミニシアターを営む人たち自身の“映画”との出会いや、そのシアターと歩んできた “歴史”についても綴られている。

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そもそもミニシアターは、時代とともにこれまでも様々な変化を重ねてきた。

かつては、『ぴあ』や『シティロード』といった雑誌が、批評性をもって映画を選んで発信し、それを若い人たち、特に地方から東京に出てきた若者たちは、指標にして映画館へ足を運んだ。しかし、情報の中心が紙からネットに変わるなかで、若い人たちと映画館との距離は遠くなり、一方でシニアの客層が厚くなっていった。そうして2000年代のミニシアターの多くは、”シニア産業化”に舵を切っていった。

その後も、シネコンの増加や、娯楽の多様化、また映画配信プラットフォームの拡充が進むなかで、ミニシアターは「どんな存在であるべきなのか」「何を届けていくべきなのか」を問われることになった。

無論、そこに1つの解があるわけではなく、支配人や作品編成担当者は、それぞれの地域性や、それまでの自分たちのシアターのカラーも考えながら、様々な模索を重ねてきたことが、インタビューから窺える。そしてその試行錯誤のなかにこそ、画一性を特徴とするシネコンにはない、ミニシアターの“多様性”も見えてくる。

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そんなふうに社会とともに変化し、生き続けてきたミニシアターが新たに直面した危機、コロナ。緊急事態宣言中の休業からは復活しているものの、座席数を減らさなければならなかったり、ミニシアターの特徴ともいえるトークイベントの開催が難しくなったり、重要な客層だったシニア層の足がなかなか戻らなかったり…と、依然として厳しい状況は続く。

一方で、“当たり前”が崩れたからこそ、見えてきた「ミニシアターの役割」や、「配信との共存の可能性」もある。

コロナ禍では、鑑賞料金の約半額がミニシアターに支払われるような配信プラットフォームも特設された。「映画館が休館となったとき、人々に映画館のことを忘れないようにしてくれていたのは、実は配信だった」と、愛知県名古屋市のシネマスコーレの副支配人・坪井篤史さんは語る。

一方で、配信と共存していくには、「映画を劇場で観ることの意義をきちんと伝えなければならない」し、「ここに来れば良いものに出会えると信じてもらえる」ような場所に、一層していくことも重要だろうと、横浜シネマ・ジャック&ベティの支配人・梶原俊幸さんは話す。

では、その「映画を劇場で観ることの意義」とは何なのか?

本書のなかではインタビュイーひとりひとりが考える、映画館という「場/空間」の意義についても綴られている。ここでは、黒沢清監督の言葉を紹介しておきたい。

「なんでこんなことで笑うの?」とか、「なんでこれ誰も笑わないの?めっちゃ面白いんですけど?」というように、家で一人でテレビ画面を見ているときには味わえない、社会の姿を肌身で知る瞬間、自分ってこういう人間なのかと考える

社会の中自分が何者であるのかというのが嫌でも認識される場所が映画館なのだと思う

知らない人同士でも、その日その時間、同じ作品を共有した「他者」の存在は、一人で映画と向き合う時とは異なる感覚を、私たちに多かれ少なかれ、与えているのだろう。

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映画館はこれまでも時代や社会の変化とともに、変わり続けてきた。コロナ禍を経て、きっとこれからも変わり続けていくのだろう。その未来を、苦しい状況が続くなかでも、どこか希望と愛をもって楽しみにしたくなる一冊だ。

最後に、本書で「映画に救われた」過去について話している、俳優・橋本愛さんの言葉を引用しておきたい。

映画館は、私が人生で一番苦しかったとき、誰と会うよりも、どんな会話をするよりも、いちばんの支えになってくれた場所です。(略)もし自分がどうしようもなくなってしまったときや、本当に一人になってしまったとき、ちゃんとあなたを包んでくれるような場所として映画館があるってことは、知っておいてほしいなって思います。

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