『絶望死のアメリカ 資本主義がめざすべきもの』米国が直面する悪夢 レントシーキングの罪

鰐部 祥平2021年03月06日 印刷向け表示
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絶望死のアメリカ
作者:アン・ケース ,アンガス・ディートン
出版社:みすず書房
発売日:2021-01-19
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われわれ人類の平均寿命は延び続け、死亡率は低下し続けている。それは、先進国と発展途上国の別なく起きている。当然、喜ぶべき事象だ。

しかし、近年、米国の大卒未満の白人の間には、この世界的な潮流とは逆の傾向が見られる。労働階層の白人たちの平均余命は短くなり、死亡率が上がっているのだ。1990年代末頃から、とくに45〜55歳の低学歴中年白人の死亡率は年々高くなっているという。ちなみに4年制大学を卒業した高学歴の白人には同様の傾向はまったく確認されていない。

著者らの調べから、彼らの死亡率を大幅に上げている原因が、オピオイドなど医療用薬物の過剰摂取による中毒事故、アルコール性肝疾患、そして自殺であることが判明する。これらは自らが招いた死、それも人生に絶望した者が陥る死だ。著者らはこれを「絶望死」と呼ぶ。

いま、低学歴白人が経験しているのは、労働環境の崩壊、貧困、コミュニティーの破壊、宗教の衰退だ。これらの多くはグローバル化がもたらしたものだ。しかし一方で、同じ重圧を受けているほかの富裕国の労働者の間では絶望死は微増に留まっている。

この差は何か。著者らはまず、米国の医療制度の闇、とくに他国と比べて異常に高い医療費と保険制度を挙げる。そしてこの問題の原因になっている、米国の経済システムに巣食うレントシーキング(民間企業などが政治家や官僚に働きかけ、都合よく規制を課す、または緩和させようとすること)による不公正な富の分配の結果だと喝破する。

ここで留意しなければいけないのは、著者らはグローバル経済や資本主義、そして貧富の格差を必ずしも問題とはしていないことだ。あくまでもレントシーキングによる不公正な富の分配が問題の本質だとしている。貧困のみでは絶望死のエピデミックは必ずしも起きないのだ。

というのも、より貧困率が高い黒人の間では死亡率が急速に改善され、白人労働階層との差が埋まりつつある。これは、いま白人労働階層が経験していることよりもはるかに絶望的な人種差別という不公正なシステムが、近年かなり改善されたためであろう。不公正なシステムという「絶望」が取り除かれれば、人は貧困の中にあっても希望を持つことができるのであろう。

ではほかの富裕国が米国のようになる可能性はあるのか。実は英国などではその兆候が見られるという。

このレビューを執筆している私も、高卒未満の40代。低学歴と長引く不況の影響で非正規の仕事を転々としてきた。いまは運よく工場で正社員として働いている。とはいえ労働条件は厳しく賃金の伸びを期待できないという厳しい面もある。だが、それよりも問題なのは現場で働く派遣社員の人たちだ。彼らはさらに悪い条件で働いており、いまの境遇から抜け出すことも難しい。多くは私と同じ就職氷河期世代だ。そして彼らの一定数はセルフネグレクトの状態にあるように思える。

これも一種の絶望状態だ。衰退するこの国で彼らはあと何年持ちこたえることができるのか。米国とは違った理由で日本にも絶望死のエピデミックが起きるかもしれない。

※週刊東洋経済 2021年3月6日号

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