なるほど、医業というのは難しいものだ。この本を読んで、いちばんの感想はそれだ。「病気を治す」ことと、「患者を治す」ことの間には大きな隔たりがある。その間に横たわる最大のものは、医師と患者のコミュニケーションなのかもしれない。
「医学が技術的に進歩すればするほど、私たちはストーリーのはたす役割の重要性を再認識させられる」医師・患者のコミュニケーション、より正しくは意思疎通の不足について、さまざまなエピソードや研究が次々と綴られていく。その内容はあまりに多岐にわたるのでとても紹介しきれないが、どれもが示唆に富んでいる。
著者のダニエル・オーフリはニューヨークの女性内科医。自分勝手な人だと思い込んでいた心臓病の患者を邪険に扱い、すんでのところで死なせてしまったかもしれないという経験談からこの本は始まる。
医師の多くは、患者に自由に話させると延々と話し続けると感じている。だから、患者の話を途中で遮って方向転換させてしまいがちだ。さて本当だろうか?「今日は何でお困りですか?」と尋ねて、患者が何分くらい話すかの研究がバーゼルでおこなわれた。さて、平均どれくらいだっただろう?
92秒だったらしい。意外と短いとは思われないだろうか。医学を知るほど患者を治せると医師は思いがちだ。もちろん知識は必要だが、十分ではない。やれコンプライアンスだのアドヒアランスだのと患者に説くのも大事だけれど、患者の話を傾聴することが極めて重要なのだと結論づけていく。
医療コミュニケーション分析方法(RIAS)なるものがあるのは全く知らなかった。患者との会話をビデオに撮り、共感、指導、質問などのカテゴリーに分けて分析する方法だ。自分ではなかなか気づけない診察内容の客観的な把握が可能になるらしい。
他にも、対話による痛みの緩和、悪い情報、良い情報の伝え方、専門用語をどう使うべきかなど、さまざまな話題が紹介されている。この本を書きながら、オーフリ医師は「今の医療のあり方はよいコミュニケーションを邪魔しようとする方向に向かっている」と思うようになっていったという。
相手の言うことをきちんと聞く。そんな簡単なことだけで、世の中がよくなっていく可能性がある。なにも医療に限ったことではないような気がしてきましたわ。
日本医事新報3月20日号 『なかのとおるのええ加減でいきまっせ』から転載
HONZでは山本尚毅がレビューしています。