『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』主観の調和

新井 文月2021年09月07日 印刷向け表示
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目の見えない白鳥さんとアートを見にいく
作者:川内 有緒
出版社:集英社インターナショナル
発売日:2021-09-03
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2021年9月5日、新型コロナウイルスの影響により1年の延期を経て開催された東京パラリンピックの閉会式が行われ、13日間にわたる大会が幕を下ろした。

テレビ観戦で感じたことは、あたりまえかもしれないが、車いすバスケでも、ゴールボールも、車いすテニスも、障害ある選手達がプレーとして成り立っていたことだ。見る前は概念として理解していたのだが、実感がなかった。それをリアルタイムで確認し、はじめて腑に落ちたのである。

本書の著者は、『空をゆく巨人』で開高健ノンフィクション賞を受賞した川内有緒。全盲の美術鑑賞者、白鳥建二さんと一緒に展示会をめぐる構成だ。アート鑑賞なので内容はお堅いのかと思いきや、著者の文体は流れるようで柔らかく、楽しいおしゃべりをしているかのようだ。

白鳥さんは、美術館では鑑賞者の袖につかまる形で歩く。そして鑑賞者は作品の感想を白鳥さんに伝える。白鳥さん自身は一人でも普通に歩けるし、何を聞いてもすぐに答えるし、お酒だって飲む(たまに飲み過ぎて自宅への道で迷ったりもする)。

幼少の頃はいくらか視力があったが、それも徐々に弱まり、小学校三年生で盲学校に転校した。そこでは違う学年と共に1部屋で暮らし、掃除や洗濯も自分でこなす。通常の授業に加え、点字学習、杖を使った歩行訓練もある。視覚障害者が独り立ちするスキルは、すべて教え込まれる。

白鳥さんとの対話から、著者は全盲の人に対しての勝手な思い込みがあることに気づく。まず白鳥さん自身は、絵画や彫刻における作品コンセプト、キャプションによる解説を求めていない。キュレーターや美術館が出すオフィシャルの解説にも興味がない。ピエール・ボナールの絵画《犬を抱く女》を鑑賞しても、「犬のあたまにシラミがあるのかな?」という鑑賞者の意見に対して「えー、シラミ?」と笑ったり、美術家・大竹伸朗のコラージュを見ても「これって何の絵?子供?」「いや大人だよ」と同席した友人との意見の交差や食い違いに魅力を感じている。

興味深いのは、著者が作品を観る印象が変化していることだ。最初はボナールの絵を見て「悲しげに食事をしている女性」印象を受けたが、白鳥さんへの説明のため10分ほどかけて鑑賞すると、最終的には「ゆったりと午後のティータイムを楽しんでいる女性」に変化した。「アートはひとりで観て完結するもの」と著者は思い込んでいたが、人に伝えるため言語化することで、「思考の新しい扉」が開けたらしい。

芸術家の観点から言わせてもらうと、たしかに作家は鑑賞者の何倍もの時間をかけているので、複雑な感情が何層も絵に込められているのはあり得ることだ。長く鑑賞する中で、その隠れた感情を見つけたのかもしれない。

ちなみに白鳥さんにも美術鑑賞で好みのジャンルがある。彼は「なにがいいのか、よくわからない」「意味があるのかすら、わからない」ものが好きだそうだ。そのため風景画や写実的な作品よりも、現代美術に興味があるそうだ。

白鳥さんは生まれつき強度の弱視なので、他の人から「大変だね」と言われても、何が大変かはわからない。実際に歩く、食べる、お風呂に入るなど、日常生活に大きな不自由は感じていない。白鳥さんにはじめて会う人からは「全盲の人は、みんな按摩師やマッサージ師になるの?」と質問される。「目が見えない分、聴力は発達しているのか」といえば、本人はそうでもなく、それは「盲人を美化しすぎいている」とのことだった。

本書は全盲の人との美術館を巡るという疑似体験ができる一冊だ。お互いの立場と違いが次第にわかることで、主観で作品を楽しんでいいんだと気づく。目がみえるのも、見えないのも関係ない。作品イメージを一致させる必要もない。不透明かつ多様性が求められる現代、この対話はとても重要なことを示唆しているのではないか。

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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