ついに考古学史上最大の謎を解明!?『土偶を読む』

首藤 淳哉2021年05月13日 印刷向け表示
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土偶を読む――130年間解かれなかった縄文神話の謎
作者:竹倉 史人
出版社:晶文社
発売日:2021-04-24
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面白い本を読んでいると、きまって他の本も読みたくなってしまう。知的刺激を受けて脳が活性化するのかもしれない。「あの本にはたしか別の説が書いてあった」「あの著者も似たようなことを言っていた」といちいち確かめたくなる。

本書もそう。読み始めてすぐ、あまりの面白さに興奮を覚え、気がつけば本棚からありったけの縄文本をひっぱり出し、それらを時折参照しながら読みふけっていた。

本書は土偶の謎を史上初めて解明したと高らかに宣言する一冊だ。
土偶の研究がはじまって130年以上にもなる中、まだ誰も解いたことのない日本考古学史上最大の謎をついに解き明かしたという。はたして本当だろうか?ここまで大きく出られると、普通は眉に唾するのが常識をわきまえた大人の態度というものだろう。

ところが、である。こちらのガードはあえなく粉砕された。
著者の推理はスリリングで実に面白い。かつてこれほど知的興奮をおぼえた縄文本があっただろうか。この刺激を体験するだけも本書を読む価値がある。

明治時代に土偶研究が始まって以来、学者からアマチュアにいたるまでさまざまな説(著者曰く「俺の土偶論」)が唱えられてきた。「妊娠女性説」や「地母神説」といった代表的なものから、中には「宇宙人説」まである。

なぜ議論百出なのか。それはいまだに「よくわからない」からだ。そもそもなぜ縄文人は土偶を造ったのか。さらにはなぜあのような奇妙なフォルムをしているのか。同じ土偶でも「ハート形土偶」と「縄文のビーナス」と「遮光器土偶」ではまったくかたちが違う。それぞれの造形には意味があるはずだが、いったい何に使われたのか。ことほど左様に「わからないことだらけ」なのである。

これらの謎を解き明かすにはふたつのアプローチが必要だ。
「直感的なひらめき」と「実証」である。遥か時を隔てた古代人の精神世界に触れるには現代人の固定観念を打ち破るひらめきが必要だし、直感によってもたらされたアイデアを説得力のある説に組み立てるには実証性が求められる。

直感派の代表といえば梅原猛が思い浮かぶ。『日本の深層 縄文・蝦夷文化を探る』の中で梅原は、縄文人にはリアルな像をつくる能力があったにもかかわらず、人間のリアルな模造がないのはなぜかと問いを立て、インスピレーションに基づいた説を展開している。

土偶のデザインをわざわざデフォルメしたのは、「像に対する恐怖ゆえ」で、当時は「人間と同じ像をつくったら、その像にその人間の魂が奪われる」といった強いタブーが存在したのではないか。梅原はこう述べて、土偶は「死霊の像」ではないかと主張する。お産で死んだ女性のような鎮魂を必要とする者の霊を土偶に移し清める儀式をしていたのではないかというのだ。

柿本人麻呂や法隆寺など、独特のインスピレーションに基づいた梅原の説は読み物としては抜群に面白いが、いずれも想像の域を出るものではない。直感的なひらめきにのみ基づいた説の弱点は、「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」としかいえないことだ。

その点、本書はこの「ひらめき」と「実証」の両方を用いて土偶の謎解きをしている。では、著者が解明した土偶の正体とはいかなるものか。それは、土偶は「植物の姿をかたどったフィギュアである」というものだ。

ここで言う植物とは当時の縄文人が食べていた食用植物のことである。植物の収量の多寡は縄文人にとって生存に直結する切実な問題だった。だから植物の精霊をヒトガタであらわし豊かな収穫を願った。土偶はこのような縄文人の「野生の思考」を読み解く手がかりとなる“造形言語”だというのである。

初めて目にする説だが、「植物」をかたどったものだと考えると、確かに辻褄が合う。例えば、土偶のフォルムがあれだけバラバラなのは、それぞれ具体的な植物がモチーフになっているからと考えれば説明がつく。また土偶には明らかに祭祀用と思われるもの(頭や肩に小さな孔が開けられており鳥の羽を刺したと思われる)があるが、これも植物の精霊とコミュニケーションをとるための儀式に使われたと考えれば納得がいく。近年の考古学では、縄文人は狩猟採集だけに頼っていたわけではなく、縄文中期(およそ5500年前)あたりからマメ類やクリなどの栽培管理も行なっていたとされる。にもかかわらず、遺跡からはこれまで動物霊の祭祀に使ったとみられる骨や角は見つかっても、植物霊を祭祀した痕跡は見つかっていなかった。だが実はもう目の前にあったとしたら?「縄文遺跡からはすでに大量の植物霊祭祀の痕跡が発見されており、それは土偶に他ならない」という著者の指摘は目からウロコである。

著者が土偶と植物の関係に気がついたきっかけは「ハート形土偶」だった。
長野県の山中で渓流沿いを歩いていた時のこと。手を伸ばせば届く高さにたくさんの木の実がぶらさがっているのを見つけた。スマホで調べると、縄文人も食べていた「オニグルミ」だとわかった。河原の石で実を割って齧ってみた。美味い。生まれて初めて食べた野生のクルミの味に感動しながら、殻の窪みに残っていたクルミの破片をナイフで掻き出した。その時である。なんと二つに割られたオニグルミの殻は、見事なハート形を示していた。その形状はハート形土偶の顔に瓜二つだったのだ!

セレンディピティとはこういうことを言うのかもしれない。著者は精霊と「目が合った」と表現しているが、宗教学を専攻し神話を学んでいたからこそ“精霊からのメッセージ”を理解できたのだという。それはまるで、いまも変わらず森に棲む精霊が、数千年前に縄文人に開示したのとまったく同じやり方で、自分たちの“かたち”を示してきたかのようだった。

本書に掲載されたオニグルミの殻とハート形土偶の顔を見比べると、なるほど笑ってしまうくらい良く似ている。もっとも見た目だけでは説得力はまだ半分といったところだ。ここで著者は、ハート形土偶が出土した場所とオニグルミの生育分布を調べている。その結果、両者の分布に近接性があることを突き止めた。

「似ている!」というひらめきから土偶のモチーフを推定する手法を著者は「イコノロジー」と呼ぶ。ただしイコノロジーには「たまたま似ているだけかも」という可能性が常につきまとう。この弱点をカバーするために、著者は考古学資料を活用し、ひらめきを実証性で補う方法を編み出した。

〈イコノロジー×考古学〉というこの研究手法は、かなりいい線を行っているようにみえる。「椎塚土偶(山形土偶)&ハマグリ」の組み合わせなどは(「植物ではなくなぜ貝類?」という疑問にも本書はちゃんと答えている)著者の説が見事にハマった例だろう。その一方、「合掌土偶・中空土偶&クリ」とか「遮光器土偶&サトイモ」のように、いまいち強度が足りないと思える説もある。これらは今後の研究に期待したいところだ。

ともあれ、著者が「造形言語としての土偶」という新しい地平を切り開いたことは間違いない。アナロジーは人間の知性の根幹をなす能力のひとつである。「○○と似ている」という“似たもの探し”は子供でも楽しく参加出来そうだ。不思議なかたちにしか見えなかった土偶が、もしかしたら私たちにだって読み解けるかもしれない。そう思うと、なんだかワクワクしてこないだろうか。

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近年、複数の縄文遺跡からなんとカボチャの種が見つかっているという。16世紀に渡来したとされてきたカボチャが縄文時代からあったとなれば土偶も……と想像するのは楽しい。
 

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現代は「縄文ブーム」。縄文に対する社会の見方は実は時代によって異なるのだ。

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