『死者の告白』憑霊体験をめぐるノンフィクション

首藤 淳哉2021年09月10日 印刷向け表示
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死者の告白 30人に憑依された女性の記録
作者:奥野 修司
出版社:講談社
発売日:2021-07-14
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人は死んだらどこへ行くのだろう。
これは、人類が誕生以来、問い続けてきた究極の謎である。

先日亡くなった立花隆さんは、死後の世界が存在するかどうかは、「個々人の情念の世界の問題」と述べている(『死はこわくない』)。論理的に考えたからといって正しい答えが導き出せるような類いの問題ではないということだ。立花さんは自身の死すらも取材者の目で観察しようとしていたと聞く。類い稀な知性は「死の瞬間」をどうとらえたのだろうか。それを知ることは永遠にかなわない。

本書には、にわかには信じがたい現象が書かれている。
科学を信奉する人からすれば、納得できない内容かもしれない。
なにしろこれは、東日本大震災後、30人を超える死者の霊に取り憑かれた女性の話なのだ。それを古刹の住職が「除霊」したという。本書はその記録である。

これだけでも「トンデモ本か!?」と拒否反応を示す人がいるかもしれないので、いくつか補足をしておこう。

まず、著者はきわめて信頼のおける書き手である。
『ナツコ 沖縄密貿易の女王』『心にナイフをしのばせて』といった素晴らしいノンフィクションをこれまで何冊も発表してきた実績の持ち主だ。

また、「除霊」を行った曹洞宗通大寺の金田諦應住職は、この著者が信頼をおく人物である。通大寺は宮城県栗原市にある古刹で、金田住職は震災の直後から、移動傾聴喫茶「カフェ・デ・モンク」という「がれきの中で安心して泣ける場所」を立ち上げ、被災者の心に寄り添う活動を続けてきた。

さらに、「除霊」の儀式は密かに執り行われたわけではなく、別の僧や医療者などの第三者も立ち会っていた。霊に「憑依」された本人の話は検証しようがないが、少なくとも、儀式の最中に起きたことには複数の目撃者がいる。

以上が補足である。あとは「個々人の情念の世界の問題」かもしれない。

本書の主人公は、高村英さんという宮城県の20代の女性である。
幼い頃から他人には見えないものが見え、そばにいつも誰かの霊がいるのが当たり前だった。たまに取り憑かれることもあったが、自分でコントロールできたので、ごく普通に生活していたという。ところが、看護学校を卒業し、看護師として働き始めた3年後に東日本大震災が起きた。彼女の身に異変が生じたのは、震災の翌年のことだった。

自分が自分でないような感覚に襲われ、何人もの「他者の声」が頭の中で響くようになった。まるで霊が背後で長蛇の列をつくっているようだった。もともと「よりしろ」としての資質があったところに(高村さんは自身を「チューナー」や「中継器」に喩える)、震災で亡くなった霊が押し寄せてきたのだ。

高村さんにとって霊は身近な存在とはいえ、さすがに怖くなったという。病院に行けば間違いなく精神病と診断されてしまう。一方で、自分は病気かもしれないという不安にも駆られた。そんな時、パソコンでたまたま「宮城 除霊」と入れたら、トップに出てきたのが通大寺だった。

一方、住職は彼女のこの証言に首をひねる。これまで表立って「除霊」はしたことがなく、そのワードで検索してもヒットするはずがないという。不思議な話だが、ともあれ彼女は通大寺に駆け込んだ。家族に連れられてやって来た高村さんは息も絶え絶えにこう言った。「いっぱい人がわたしの中に入って来て、もう死にそうです」金田住職は彼女を本堂に引っ張っていき、ぶっつけ本番で「除霊」を行った。以来、高村さんは苦しくなるたびに住職に助けを求め、二人三脚で霊を成仏させていくことになる。

「除霊」の儀式は次のように進む。
自分の中にいる霊について高村さんが事前に金田住職に情報を伝え、霊を表に出す。住職は出てきた霊と即興で対話し、死に至った事情や現世への未練などに耳を傾け、成仏するよう説得する。霊が納得したら経を唱え、成仏へと導く。

この時の高村さんは、霊に体を乗っ取られ、かたわらで眺めているような状態らしい。やがて読経が聞こえ始めると、霊と一緒に光が射してくる方向へと向かい、そっと光の中に押し出してあげるという。すべてが終わると住職が聖水をかけて高村さんを覚醒させる。冷水だが高村さんには熱湯のように感じられるという。

このようにまとめるといかにも滞りなく儀式が進むようだが、実際は修羅場である。例えば霊を表に出す時、その人(霊)が亡くなる場面から始まることがあるのだが、死因が津波であれば、高村さん自身も溺死を「体験」することになるのだ。畳をのたうち回り、窒息しそうな彼女(霊)に住職が必死で呼びかける。なんとも凄まじい光景である。

いざ霊を表に出しても、自分が亡くなっていることを認識できていないことも多い。住職が辛抱強く話しかけ、なだめすかすと、取り乱していた霊はようやく事の次第を語り始める。その物語はどれも壮絶だ。ある女性はお腹に待望の赤ちゃんがいたという。流産を繰り返し、やっと宿った命だった。そのニュースを夫に告げるために家へ急ぐ途中で震災にあった。一刻も早く逃げなければならないにもかかわらず、彼女はお腹の赤ちゃんを心配するあまり全力で走ることができなかった。そして、津波にのまれた。

この女性は最後まで自分よりも赤ちゃんのことを気にしながら導かれていった。儀式を終えた後、金田住職が「2万人じゃない。そう、2万人じゃないんだ……」と何度もつぶやく。東日本大震災の死者・行方不明者は2万2千人余りとされる。その中にはこの女性のような妊婦もいるだろう。だが、そこにお腹の赤ちゃんは含まれているだろうか。数のかたまりとして一括りにされがちな犠牲者がひとりひとりの集まりであることを、霊が語る物語はあらためて思い起こさせてくれる。

東日本大震災後、被災地では不思議な心霊体験の話が数多く報告されている。
その中には、亡くなった人の温もりを肌で感じたというような、生々しい身体的実感を伴うものもある。こうした証言を頭ごなしに夢やまぼろしと決めつけることは出来ない。その「リアルさ」は当事者にしかわからないものではあるが、本人にとってはきわめて切実な体験だからだ。

『死者の救済史』という本がある。
これによれば、古くから日本の民衆信仰では、未練を残しこの世を去った死者を、いかにして安らかな死に導くかということが重視されてきたという。「苦しむ死者」や「浮かばれない死者」の否定的影響力(「祟り」「霊障」など)を和らげるために、多種多様な解決策が練り上げられてきた。「祀り」「祓い」「供養」「調伏」「憑依」などはその一環である。

本書に記された不思議な現象も、こうした私たちの精神の基層とつながっているのかもしれない。

魂でもいいから、そばにいて―3・11後の霊体験を聞く―(新潮文庫)
作者:奥野修司
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オカルト 現れるモノ、隠れるモノ、見たいモノ (角川文庫)
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