「目録の目録」というと論理学者、バートランド・ラッセルのパラドックスが思い起こされますが、そんなにややこしい話ではありません。今回のハマザキ書クでは読書家、活字中毒患者向けに、「本のカタログ」である目録の中でも、とりわけ眺めているだけで読書欲が盛り上がってしまう、数々のオモシロ目録を紹介します。
私が新刊を余すことなく全てチェックしているのは、編集者として立案する企画が被らない様にする為ですが、思い付いたテーマの本が既に出ていたという事が多々あります。私の編集者としてのモットーは類書がない前代未聞の本を作る事。そしてライフワークとして全てのCコード(図書分類コード)を制覇するという野望を抱いています。結果として、世の中に存在する本を全て把握しておかないと気が済まないという羽目に陥ってしまっており、しょっちゅう色んな目録を取り寄せては、マーカーで線を引いて、「こんな本が出ていたのかー!?」と悔しがっています。
まず一番最初に基礎的な文献として挙げられるのが、各出版社で構成される団体の分野別図書目録です。
例えば歴史図書目録刊行会が発行している『歴史図書総目録』という目録があります。160社約7000点の歴史書が掲載されています。この目録には例えば……
『近世日本マビキ慣行史料集成』『道路誕生』『王朝貴族の病状診断』『外務省警察史』『楽器の考古学』『幻の木製戦闘機キ106』『イスラエルのアラブ人キリスト教徒』『踏み絵 外国人による踏み絵の記録』『九相図資料集成 死体の美術と文学』『明治留守政府』
……等といった自分の発想からは到底、立案できそうもなかった珍企画が沢山載っています。こうした企画を立てる場合、企画の対象となる概念・現象・事物を把握しておかないと、企画のしようがありません。目録を眺めていて、初めてそうした事柄や研究テーマの存在を気が付かされる訳で、日々こうした目録に目を通しておく必要があります。ただ目録に載ってしまっている時点で本になってしまっているという事であり、普段から本になる前の大学や学会の紀要や論文集等にも、目を通す習慣を身に付けておく必要があります。
この分野別図書目録には他に『哲学・思想図書総目録』『心理図書総目録』『社会図書総目録』『国語・国文学図書総目録』『部落解放・人権図書総目録』『経済図書総目録』『日本理学書総目録』『女性問題図書総目録』『スポーツ・健康科学書総目録』等、多数のジャンルのものがあるので、興味のあるものを取り寄せてみて下さい。全てトーハンの図書館事業部から取り寄せられますが、書店に置いてある事もあります。
次にお薦めしたいのが目録の様な本です。世の中には本の要点を解説したブックガイドやブックレビュー、書評本、例えば立花隆『ぼくはこんな本を読んできた』、宮崎哲弥『1冊で1000冊読めるスーパー・ブックガイド』、 豊崎由美『そんなに読んで、どうするの? 縦横無尽のブックガイド』、斎藤美奈子『本の本』等が沢山刊行されているのは言うまでもありません。
その中でも網羅癖、制覇癖が激しい大全集をこよなく愛する変集者である、ハマザキカク個人のお薦めは清久尚美『辞書の図書館』という驚異的な目録的珍書です。この本は9811冊の辞書や事典、図鑑、大全集を収録しています。はっきり言って個人レベルでここまで収集してしまったのは、偉業としか言い様がないでしょう。例えば……
『図説戦争裁判スガモプリズン事典』『こじき大百科』『女性殺人紳士録』『フィールドガイド 足跡図鑑』『近未来の人間科学事典』『ゴミダス 徹底分別百科 燃やせる?燃やせない?』『ケイタイストラップ図鑑』『火の百科事典 火・熱・光-プロメテウスからロケットまで』『観光地トイレ便覧』『図解世界の色彩感情事典 世界初の色彩認知の調査と分析』『世界格闘技 関節技事典』『全国幼児語辞典』
……等、「なんでそんなテーマが事典になったのだろう?」と不思議に思える事典、辞書が世の中に沢山出ていた事に驚いてしまいます。
しかも笑えるのがこの『辞書の図書館』の中で『辞書の図書館』が収録されているという、冒頭で挙げたラッセルの自己言及パラドックスが発生してしまっている事。この『辞書の図書館』が出版された時点では『辞書の図書館』は出版されていないはず(笑)。ただ私が持っているのは2刷りなので、初版では載っていなかったのを2版目で載せたのかもしれません(笑)。
あとは以前のハマザキ書クでも紹介しましたが、大手取次口座がなく、普通の書店には置いている事が少ない出版社の出版物を主要に取り扱った地方・小出版流通センターが刊行する『あなたはこの本を知っていますか』という目録があり、この目録でも極めてマイナーなテーマの本が目白押しです。
出版物ではありませんが、他にも例えば複数の出版社で構成される『平和の棚の会』の「出品書籍全点リスト」や『アジアの本の会』の『2011年版全点リスト』等にも、こうした特定のテーマに関連する出版社を横断した数々の書籍が収録されています。この様な目録は多様なジャンルで出ているみたいなので、興味があるものを調べてみて下さい。
自分の企画としては出していませんが、実はひっそりと哲学・思想書も読んでいるハマザキカク一押しの目録は、勁草書房の営業部が作成した『現代リベラリズムとその周辺 ブックガイド』です。日本では未だにしぶとく残っている左翼理論や、文芸批評に近くなってしまっているフランス現代思想ではなく、最先端の英米のリベラリズム論争やリバタリアニズム、コミュニタリアニズムに関する文献を集中的に網羅した、ネットにタダで掲示されているブックガイドです。一冊読むのに1ヶ月ぐらいかかりそうな大著、翻訳書ばかりが載っており、全ての本を熟読するのは研究者や専門家でない限り、ややハードルが高いですが、リベラリズムの最新の流れや出版傾向は把握できます。
そして最後にオンライン上に存在する目録として究極なものを見つけてしまったのが、香川県立図書館の『Web参考資料コーナ』です。ここには『辞書の図書館』に匹敵する世の中に存在するありとあらゆる事典、辞書、大全、図鑑、目録7695冊がディレクトリー形式に網羅されてあります。しかもテキストデータになっているのでコピペがし易く、非常に便利です。
この様にありとあらゆる出版目録を常にウォッチしていても、次から次へと珍書と出くわす毎日。一体死ぬまでに何冊の本が読めるのでしょう。そして何冊の本を編集できるのでしょう。テレビやインターネットを見ている場合ではありません。そして今回紹介した目録よりも更に凄い、より専門家向けの目録が実は存在しますが……。
追記:『朝鮮音楽CD目録』なんていう目録まで存在しています。