偶然がもたらした地球上で生きる幸運を知る1冊! 『ありえない138億年史』

2022年10月21日 印刷向け表示
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作者: ウォルター・アルバレス
出版社: 光文社
発売日: 2022/8/9
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宇宙の誕生から人類の繁栄まで、138億年にわたる壮大な歴史を興味深く綴った本が出た。著者のウォルター・アルバレス(Walter Alvarez)はカリフォルニア大学バークレー校で地球惑星科学の教授を務める、米国を代表する地質学者である。

実は、私は著者の名前を30年以上も前から知っていた。というのは、恐竜が6500万年前に突如として大量絶滅した原因を見事に解明した研究者だったからだ。物質的な証拠を挙げることで「隕石衝突説」を実証した彼は、世界でもっとも有名な地球科学者の1人になった。

この研究は親子で調査と分析を行ったものである。彼の父親は素粒子の研究でノーベル物理学賞を受賞したルイス・ウォルター・アルヴァレズ(1911〜1988)で、共同で恐竜絶滅シナリオを立ち上げたのだ。

その後、衝突の痕跡であるチクシュルーブ・クレーターを突き止めたエピソードが、本書の第1章にくわしく紹介される。これらは46億年にわたる地球史でも人気ナンバーワンのトピックスと言っても過言ではない。

本書の内容をひとことで纏めると、地球の誕生以来46億年もの間に起きた「連続」「偶然」が織りなす驚きに満ちた物語である。地球科学を45年も専門としてきた私にとっても、ワクワクするようなストーリー展開だった。以下ではいくつかの観点で解説してみよう。

恐竜絶滅のストーリーはまさに「地球の歴史」の本質を含んでいる。地球の歴史には夥しい数の偶然が作用しているという特徴がある。このため、科学の基本である現象の「再現性」が、ほとんど成り立たっていない。

確かに、著者や私が専門とする地球科学はサイエンスの一分野であるが、再現性を持たない現象を扱うという点で、物理学や化学など他分野と大きく異なる。つまり、「地球」という宇宙空間で唯一無二の物質を対象とするため、特殊な状況が生じているのだ。ここには「歴史科学」という共通の特徴があり、それが本書の至る所でひょっこりと顔を出す。

46億年前に誕生した地球は、宇宙空間で岩石の塊が成長して、金星や火星と同じく太陽系の一員となった。誕生の当初はドロドロに溶けた灼熱の火の玉だったが、次第に冷えて固い岩石の地盤となったのである。

その後、熱い地球を取り巻いていた水蒸気が冷え、雨となって地上に降り注いだ。大量の水はやがて海となり、我々生命の「ゆりかご」になる。海が誕生してわずか2億年ほど後の38億年前には、最初の生命が海で誕生した。

そのあと人類まで途切れることなく続く生命の歴史も、地球の歴史の重要な構成要素である。やがて植物が地表を覆い尽くすようになり、それらを食料とする動物が繁栄すると、生物自体が地球環境を変えるようになった。これも本書を貫くテーマだが、私たちは「地球と生命の共進化」と呼んでいる(鎌田浩毅著『地球の歴史』(中公新書)。すなわち「生物圏」が誕生し、我々人類まで果てしなく進化を遂げるのである。

本書の第8章(大いなる旅路)と第9章(人間という種の特徴)では、ヒトが世界中に広がってから文明を獲得する過程が鮮やかに描かれる。しかも、これもビッグヒストリーと密接に関連する現象であることを、著者は緻密に論証してゆく。世界史と地球の歴史が繋がる様を描く著者の力量には、「科学の伝道師」を標榜してきた私も脱帽した。

本書のビッグヒストリーは、「我々はどこから来て、我々は何者で、我々はどこへ行くのか」という根源的な問いに対して、回答を与えてくれる。このフレーズは、フランス印象派の画家ポール・ゴーギャンが1897~98年に描いた絵画のタイトルで、私たち地球科学者お気に入りの名文句でもある。

こうした中で地球をまるごと捉え、全体を1つの「システム」として理解する発想が生まれた。ここでシステムとは「複数の構成要素からなり、それぞれが相互作用する系」のことである。

その一方、歴史科学の対象でもある地球を理解するため、数学や物理学のように地球に取り組もうとしても、壁にぶつかることが多い。たとえば、地球環境問題は現代社会の喫緊の課題であるが、全体を把握するのは容易ではない。さまざまな現象が複雑に絡み合うため、何が本質なのか専門の学者でも議論がまとまらないのだ。

よって、複雑系の一部である地球を理解するには、「個別ではなく全体」を1つのシステムとして取り扱う必要がある。というのは、地球にまつわる諸現象は、それぞれの構成要素を単純に足し合わせば理解できるものではないからだ。マクロにシステムとして見る視座、すなわち「科学的ホーリズム」が重要なのである(鎌田浩毅著『揺れる大地を賢く生きる 京大地球科学教授の最終講義』角川新書)。

これはお馴染みの科学的手法といささか異なる。たとえば、400年ほど前、フランスの哲学者ルネ・デカルトは、対象を細かく切り刻んでミクロに分析する方法を提案した。近代科学の基礎となった「要素還元主義」と呼ばれる方法論であり、後の自然科学を飛躍的に発展させた。

ところが、この手法は地球上で生起してきた複雑な現象の解析には不向きなことが分かってきた。そして20世紀に入って地球科学は複雑な現象をトータルに理解することに成功し、「プレート・テクトニクス」として結実した。

現代の地球科学は、生物学・数学はもとより、古文書を解読する歴史学や経済学まであらゆる学問を動員しながら、解析を行うようになった。巨大地震の発生、活火山の噴火、異常気象の発生など、ミクロに見たのでは解明できない現象は枚挙に暇がない。本書のビッグヒストリーも、こうした研究上の達成を基に初めて記述が可能になったのである。

ビッグヒストリーを語る中でも、本書の後半では人間の営為が大きなテーマとして浮上する。すなわち、自然から一方的に影響を受ける受身の人間ではなく、自然と渡り合う歴史が興味深く描かれている。

本書を通じて多くの読者が地球固有のビッグヒストリーを知ることで、自分の命がここまで繋がってきた不思議にも思いを馳せて戴きたい(鎌田浩毅著『知っておきたい地球科学』岩波新書)。「偶然がもたらした地球上で生きている幸運」に気づく読書体験は、人生を変える新しい契機になるだろう。地球科学という「教養」を身につけたいHONZファンに打ってつけの好著である。

作者: 鎌田 浩毅
出版社: 講談社
発売日: 2017/2/15
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作者: 鎌田浩毅
出版社: 中央公論新社
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作者: 鎌田 浩毅
出版社: KADOKAWA
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作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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