『政治家の酒癖』酔いが動かした世界。

2023年4月12日 印刷向け表示
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一説によると人類は1万年以上前から酒を飲んでいたらしい。最も古いアルコール飲料はハチミツを主原料としたミードと呼ばれるものであったとも言われている。紀元前4000年ころには古代メソポタミアでビールが飲まれていたし、ワインは紀元前3000年頃から飲まれていた。人はかくも昔から酒を飲み酔っていたのだ。人が酒を飲む理由は様々だろうが、古代や中世の人々が酒を飲むのには、定住生活による水質汚染の問題があったとされている。生水を飲むという行為は非常にリスクが高かったのだ。

とはいえ、酒は酔うことでリラックスした心理状態をもたらして、人と人との間をスムーズにする潤滑油としての機能も担ってきた。当然、酒席での発言や振る舞いが政治に影響を与えてきたのは古今東西の歴史を見れば枚挙に暇がないであろう。政治の世界すらそうなのだ。私たちが日々行う仕事、ビジネスの世界でも酒の影響力は無視できないはずだ。しかし、なぜか真剣に考察されないできた分野でもある。それもそうだろう、国や会社の将来を決める決断が酒席の人間関係や酔った勢いでなどとは口が裂けても言えないものだ。

しかし酒の影響力は確かに存在する。そんなタブーの世界に飛び込んだのが本書の著者、栗下直也である。気づいた人もいると思われるが、栗下は本サイトHONZのレビュアーでもある。評者である私は地方在住なので栗下直也とじかに会ったことは数えるほどしかないのだが、飲み会の席では常に見事な酔い姿であった。それもそのはずで、彼は飲み会が始まる前から0次会と称して一杯ひっかけてから、会場に来ていたのである。かくも酒を愛し、酒に酔い続けた男の酒と意思決定を論じた本である。必ず示唆に富む知見が手に入るであろう。

本書の構成としては第一章で日本の政治家たちと酒にまつわるエピソード。第二章で外国人政治家と酒。第三章で酒とアメリカ大統領。第4章ではなんと酒を飲まなくなった現代の政治家たちを取り上げている。

日本の政治家で最も酒乱、かつぶっ飛んだエピソードを持つのは明治の元勲、黒田清隆であろう。酒に酔い乗船していた船から大砲をぶっ放し沿岸に住む少女を爆殺するなどのエピソードが残っている。さらに急死した妻は酔った黒田が切り殺したのではないかという疑惑が今でも残っている。真相は藪の中だが、周りがそう思うほど酒乱の男であったことは確かだろう。酒乱といえば現代の政治家では宮沢喜一が酒乱であったというから驚きだ。田中角栄は酒のみとして有名であるが一日に3件もの会合に出席していたという。用意された食事には手を付けずに、自ら席を立ち出席者一人ひとりと酒を酌み交わし人心を掌握したようだ。これではかなりの酒量になってしまいそうだが、対策として店側にあらかじめ一番小さいグラスを用意させていた。

ところで世界に目を向けるともっと凄い。ロシアの皇帝ピョートル大帝の宴会は三日間に渡り続けられたという。参加する貴族やら大臣やらは三日間、会場に止め置かれ、飲んでは食べ限界がきたら排泄用の樽に吐き出し、また飲み食いすることを強要されていた。位人臣を極めた男たちが余りの辛さに泣き始め、ゲロまみれになって前後不覚になっていたというから凄まじい。「阿鼻叫喚、発狂寸前で死者も出た」という。だがそれだけではない。泥酔して本音を話し出した廷臣たちの背後にピョートル大帝はそっと立ち、彼らの吐露した本音をメモしていたのだ。そう度々、開かれる三日に渡る宴会はただの飲み会ではない。ピョートル大帝が廷臣たちの忠誠心を探るためでもあったのだ。

ロシアといえば旧ソ連のスターリンの宴会も凄まじい。深夜から始まる宴会は毎日のように開かれ朝まで続いたという。政権幹部の多くが出席するこの宴会で政治的に重要な決定がなされていたというから、ソ連は酔っ払いが統べる国だったとも言えるかもしれない。ちなみに独裁者スターリンは「俺の酒が飲めないのか」を地で行くタイプでとにかく部下に酒を強制的に飲ませた。部下たちもスターリンの関心を買おうと無茶をしたようで、酔った者を池に蹴落とす、ウォッカにこっそりと塩を大量に入れて飲んだものを嘔吐させるなど、学生の悪乗りのような飲み会であったという。酒宴の余りの辛さに給仕を買収して自分のグラスに色つきの水を注がせる、トイレに行くふりをして仮眠をする者たちもいたが、みな密告されたというから恐ろしい。独裁者の下で出世するのも楽ではない。

アメリカ編ではさらに驚くエピソードもある。リチャード・ニクソン大統領は1969年には酒に酔って北朝鮮に対し核攻撃命令を出していたという。しかし間一髪、ヘンリー・キッシンジャーが統合参謀議長に大統領は酔っているので「明日の朝まで待て」と連絡し事なきを得たという。その後もニクソンは狂気を発露し続け、ベトナム戦争の劣勢を覆すため核爆弾を使おうとした。この時もニクソンとキッシンジャーの間で論争があったようだ。あわや酔っ払いのせいで核戦争が起きる可能性があったのだ。ちなみに今も核保有国の独裁者が戦争を行っている。どんな不測の事態が起きるのか分かったものではない。プーチンの側近にキッシンジャーのような男がいることを願うのみだ。

ここまで見ると、政治家やリーダーは酒を飲まないで欲しいと思うかもしれないが、プーチン大統領は大酒のみというわけではく、ドナルド・トランプ、ジョージ・ブッシュ元大統領も大統領職に就くはるか以前から禁酒をしていたので、酒を飲まずに意思決定をしていた。だが、その決断が合理的であったとは言い難い。結局は酒を飲んでも飲まなくても人は合理的な判断ができるとは限らない。私ちは政治や会社などに過度の期待をすることなく自助努力を胸に生きていくしかないのであろう。

 

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