21世紀を理解する上で読むべき経済書
本書は、軍事・経済・生活に欠かせない戦略物資、半導体をめぐる国家や企業の攻防をいきいきと描いたノンフィクションだ。半導体業界の興亡を、個人や企業のミクロなエピソードで紡ぎ、マクロな経済史・産業史へと昇華させる。『石油の世紀』でピューリッツァー賞を受賞したダニエル・ヤーギンをして、「21世紀を理解する上で読むべき一冊」と言わしめた。
著者であるクリス・ミラーは30代の新進気鋭の経済史家。国際関係学で有名なタフツ大学フレッチャースクールの学者でありながら、驚くべき文才の持ち主である。400ページ超にわたる分厚い本だが、語り口の滑らかさから、読んでいてその分量を感じさせない。
しかも、各章は10ページ以内におさえられ、テーマや国ごとに区切られている。年代に応じて、アメリカ、ソ連、日本、中国、台湾、韓国、東南アジアと半導体の主要国を中心にストーリーが展開されていく。自分の興味関心高いところから読み進めることも可能だ。
半導体産業誕生から現在まで
物語は第二次世界大戦後のアメリカから始まり、半導体の歴史がアメリカの視点で描かれていく。IT企業の中心地シリコンバレーの黎明期、トランジスタの父といわれるウィリアム・ショックレーに反発し、のちに「8人の反逆者」として知られるようになる技術者たちがインテルを含めた巨大半導体企業を創りあげていく過程だ。
兵器など軍需向けの半導体供給から民間向けに力を割いたマーケット創世記の1960年代、コスト競争力高い日本製品にアメリカ半導体業界が駆逐されていく1970-80年代、コストカット経営手法を優先して企業再興していく1980-90年代、競争相手である日本を出し抜くために韓国や台湾への技術移転・製造工場進出を後押しする1990年代、グローバライゼーションの中での世界的な分業サプライチェーンの構築をはかる2000年代。
個々の喜怒哀楽エピソードから感じとれるのはその時代の雰囲気と産業的変遷だ。ビジネスマンにとってはよいケーススタディーにもなる。半導体といえば技術的なイノベーションに焦点があたりがちだが、継続的な巨額投資を必要とした半導体業界では、イノベーションに加え、大企業経営者としてのマーケットを読む力と判断力が重要であったことも本書から垣間見れる。
半導体の経済史を語るにあたり、本書後半のほとんどは、世界一の半導体メーカーへと躍進を遂げた台湾TSMC社の興隆と、台湾・TSMC社を取り巻く米中対立にページが割かれている。21世紀の国際政治経済を理解する上で最重要テーマの一つと言えよう。
日本企業のかつての栄光
その前段として、著者は1980-1990年代の日米の対立についても一定のページ数を割いており、アメリカ目線の日米半導体競争を理解する上で日本人読者にとっては興味深い。ソニー創業者の盛田昭夫と作家の石原慎太郎が1980年代の共著で唱えた「半導体が軍事的なバランスを形作り、テクノロジーの未来を特徴づける」というコメントは本質を捉えた一言、と著者は賞する。
一方、残念ながら日本はこの半導体ビジネスを主導できなかった。著者は日本の敗因について、金融や政治などの外部要因もあるが、日本企業の多くがコスト競争力ないDRAM部門にしがみつき、PC革命・スマートフォン革命を見逃してしまったことを主要因として挙げている。一部技術者の先見性は日本でもあったようなので、企業経営者としての失策があったとの論調だ。
半導体の歴史
本書を読むと、半導体産業は科学や技術の物語だけではないことがよく理解できる。半導体の歴史は、販売・マーケティング・サプライチェーン管理・コスト削減の物語でもあるし、国家がしのぎを削る国家経済闘争の物語でもある。本書はグローバルな観点から半導体の歴史を捉える良書である。