「一寸先は闇」 と言う言葉があるが、未来は誰にとっても予測不能の世界である。そして「未来とは何か」は、極めて身近でありながらも納得する解答を得ることが非常に難しい問いだ。
その問いに対してオーストラリア在住の優秀な歴史学者が、宇宙物理学・地球科学・生物学・情報科学・心理学・哲学の知見を総動員して、果敢に答えようと試みたのが本書である。
著者のデイビッド・クリスチャン教授はオックスフォード大学でPh.D.を取得し、現在オーストラリアのマッコーリー大学で歴史学の教授を務めている。過去を探る従来の歴史学から大きく逸脱し、過去から未来までを俯瞰する「ビックヒストリー」という新しい歴史学を提唱した。
その重要性に気づいたビル・ゲイツは1000万ドルの資金を提供し、著者とともに「ビッグヒストリープロジェクト」を立ち上げた。
2010年には国際ビッグヒストリー学会を設立し初代会長に就任し、マッコーリー大学ではビッグヒストリー研究所所長を兼務している。オンラインレクチャーにも熱心で、現在TEDトーク「ビッグヒストリー」など世界中の若者に向けた斬新な講義を発信している。
本書はパート1「未来について考える」、パート2「未来を操る」、パート3「未来に備える」、パート4「未来を想像する」という4部構成だが、最終パートでは人類と宇宙の未来を大胆に描き出す。その第8章では、近未来の100年間にバラ色の世界は見えず、政治・経済・環境のいずれでも人類は歴史上の重大な転換点に 直面すると説く。
次の第9章では今後1000年間の未来について考察し、宇宙開発・ナノテクノロジー・人工知能などの劇的な進歩によって過去と全く異なるシナリオを経験する可能性を指摘する。
「私たちがこれからの数世紀を生き延びなければ、子孫たちの未来は存在すらしないのだ。だから、人類系統のために私たちにできるただ1つのことは、ボトルネックとなる数世紀を何とか生き延びることにある。その間に私たちは惑星の操作を学び、 ハルマゲドンを起こす兵器ではなく、災厄に見舞われた時に避難できる地球外の定住地を手に入れる」(318ページ)。
続く第10章では1000万年や1億年という桁の違う時間軸を扱うが、これは私の専門である地球科学の視座とも合致する。
「およそ2億年後には(中略)現在の世界では散らばった陸塊が1つの新しい超大陸を形成するだろう。すでにこの超大陸に「アメイジア(Amasia)」という名称を与えた人もいる。アメイジアは大きく拡張した大西洋に囲まれていることだろう。最後に存在した超大陸パンゲアは約2億年前に分裂し始めた。したがって、大陸の再集合は数十億年にわたって続いてきたと思われる長い周期的なトレンドの一環なのだ」(346-347ページ)。
こうした長大な時間で過去から未来まで俯瞰した結果、人類の未来は今後の数100年にかかっていると喝破する。「もしボトルネックの数世紀をやり過ごすことができれば、私たちの子孫は数10万年(私たちがこれまで存続してきた時間)あるいは数百万年にわたって存続するだろう」(341ページ)。
138億年前に起きた宇宙誕生から「ビックヒストリー」を展開する著者は、最先端科学が知り得る究極の未来まで可能な限り具体的に描写し、かつ辛抱強く予測しようとする。ここには文系理系の区分を超えた学者本来の極めて知的な活動があり、「想定外」が溢れる世界の未来に賢く対処しようするビジネスパーソンにこそ読んでいただきたい。
さらに著者には、本作の他にも『オリジン・ストーリー』(筑摩書房)、『ビッグヒストリー』(明石書店)、『ビッグヒストリー入門』(WAVE出版)の著作がある。本書も含めていずれも優れた翻訳で初学者にも読みやすいので、是非お薦めしたい。
ちなみに、 評者もビッグヒストリーの考え方を受け継ぎ、地球の通史を描いてきた(『地球の歴史・上中下』中公新書)。その上巻は宇宙の誕生から始まるが、下巻では地球・太陽系・宇宙の未来まで言及する。
こうした地球と宇宙をめぐる壮大な自然史を「教養」の一つとして、HONZ読者の皆さんの読書レパートリーに搭載していただきたいと願う。