昨年の11月、『笑い神 M-1、その純情と狂気』が発売され、ノンフィクション業界では大きな話題になりました。気づけば11月~12月はお笑いの季節として定着してきたようです。今年もいくつか気になるお笑い本が出てきます。中でも注目したいのが『M-1はじめました。』です。
著者、谷良一さんはM-1グランプリをつくった元吉本社員。そこにはお笑いブーム、漫才ブームを立て直そうとした壮大な挑戦がありました。あの時代の芸人たちの姿が描かれたノンフィクションでもあり、会社員がどうやってプロジェクトに取り組んだかというビジネス書としても読めそうです。
同時期には、東京を舞台にお笑いに取り組んだサンミュージックの裏側を描く『サンミュージックなお笑いの夜明けだったよ!』も発売されます。
来月発売予定の新刊から気になったものをいくつかピックアップして紹介していきます。
まず紹介したいのが、今年度の開高健ノンフィクション賞受賞作。モスト、と読むそうです。ウクライナ情勢の出口が見えない中、ノンフィクション業界では次々とロシア関連本が発売されています。東西冷戦下、モスクワ放送のなかにあった「日本課」そして、そこで働く日本人たちの姿を追ったノンフィクションです。彼らが目指したのはなんだったのか、プロパガンダなのか、MOCT=架け橋なのか。紹介文に登場人物の一部という紹介がありますが、登場人物たちで一本のノンフィクションが書けそうな豪華エピソード揃い。楽しみです。
続いてのロシア関連本は“いまプーチンが、最も世界に読まれてほしくない本!”
ロシア人ジャーナリストのアンナ・ポリトコフスカヤはプーチン批判を繰り広げていたことで知られています。21年にノーベル平和賞を受賞したドミトリー・ムラトフ氏が編集長をつとめた「ノーバヤ・ガゼータ」紙の記者でしたが、2006年に白昼堂々殺害されることになります。この模様は『暗殺国家ロシアーー消されたジャーナリストを追うーー』でも読めます。
今回筆をとったのは、その娘、ヴェーラ。ウクライナ侵攻後再び脅迫の対象になった彼女が告発するロシアの真実とは。
著者、マイケル・トマセロは『ヒトはなぜ協力するのか』などを執筆している進化人類学の研究者。行為主体性とは“何をするべきかを自分で意思決定し、能動的に行動する能力”のことだそうです。もともと生物は、刺激に反応して動くだけの存在だったはず。それがどうやって人間のような複雑な行動が出来るまでに進化したのでしょうか?
は虫類から人類まで、その進化を読み解いていく1冊。生物としては、動物から人間までがひと繋がりの存在なのだなということを改めて感じられそうです。
凄惨な事件が後をたちません。「殺人」がどの犯罪より罪が重いものだという常識に慣れている一方、すべての謀殺が平等なのか、という問題があるそうです。一方で、精神医学の進化の結果、殺人があったとしても殺人者側にも助けが必要なケースもあります。殺人にいたる理由を視野に入れるべきなのか、殺害する意図がなかった場合をどうするのか、責任能力はどう考えるのか。イギリスを舞台に様々な過去の事例を取りあげながら、殺人の罪と罰を考えます。
ポリアモリーとは複数の人と恋愛関係を結ぶ恋愛スタイルのこと。不倫と呼ばれる関係との違いは、関与する全てのパートナーの合意を得ている点なのだそうです。言葉自体は聞いた事があったものの、実際どういう生活を送っているのか、想像する機会もなくいました。著者、荻上チキさんが日本に暮らす当事者100人に取材・調査を行ってその実態を伝える国内初のルポルタージュがこちら。
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円安と資材高騰で翻訳書を出版するのが難しくなってきた、という話が聞こえてくるようになりました。特にニッチな分野のノンフィクションは読み手が少ない事もあって出版自体が困難になりそうです。翻訳ノンフィクションの紹介で少しでも本の存在を多くの人に知ってもらえると良いのですが。