『世界から青空がなくなる日』 自然のコントロールをコントロールする

2024年3月12日 印刷向け表示
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作者: エリザベス・コルバート
出版社: 白揚社
発売日: 2024/1/26
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アメリカのミシガン湖とデス・プレインズ川をつなぐシカゴ・サリタニー・シップ運河。およそ45kmにわたるその川の一画に、不穏な看板が掲げられている。「危険」、「この先、魚用の電気バリアあり。感電の危険大」。しかし、それほど危険な電気バリアがなぜ川に仕掛けられているのだろうか。

その理由は、わたしたちと自然の複雑な関係を象徴している。サリタニー・シップ運河がまだ存在しなかった19世紀、シカゴ市の汚水はシカゴ川に垂れ流され、最終的にはミシガン湖へ流れこんでいた。だが、ミシガン湖といえば、当時もいまもシカゴ市唯一の飲料水源である。そこで、20世紀初頭に運河を開通させ、川の流れを逆転させることにしたのである。

 シカゴ・サリタニー・シップ運河の開通とその後の川の流れ。本書21頁より。

その結果、シカゴの汚水はミシガン湖ではなく、デス・プレインズ川へ、それからイリノイ川へ、そして最終的にはメキシコ湾へと流れ着くようになった。とはいえ、それで万事OKとなったわけではない。運河の開通により、その数十年後に別の深刻な問題が浮上してきたのである。

20世紀後半に生じた新たな頭痛の種はアジアン・カープだ。「アジアン・カープ」とは、中国を原産とする4種のコイ科淡水魚(ソウギョ、ハクレン、コクレン、アオウオ)の総称である。それらの種は、1960年代に記録上初めてアメリカに持ち込まれ、1970年代には水質の浄化を目的としてアーカンソー州の池に放された。しかし、それらはすぐさま池を飛び出し、やがてミシシッピ川やイリノイ川に到達することになる。

 イリノイ川などで増殖を続けているアジアン・カープ。夥しい数のハクレンが飛び跳ねている。本書37頁より。

「北米で最も嫌われている外来種」とも言われるその魚たちは、いまやミシガン湖へ迫らんとしている。ここ数十年でサリタニー・シップ運河の水質が改善されたこともあり、魚がイリノイ川からミシガン湖へと至るルートが成立してしまったからだ。ミシガン湖と、それを含む五大湖の水系は、独自の生態系を有していると同時に、周辺住民にとっては「自然」のシンボルでもあろう。それゆえ、「五大湖をアジアン・カープから守れ」と多くの人が躍起になっているのである。

冒頭で触れた電気バリアの設置も、そうした活動のひとつにほかならない。つまり、運河の一画に電気バリアを設置することで、アジアン・カープが運河を通過できないようにしようというのである。「電気に対する反応は人それぞれです」と、バリアを設置したエンジニアはその危険性について語る。「でも結論を言えば、残念ながら、死に至ることもあります」。

さて、以上が、本書『世界から青空がなくなる日――自然を操作するテクノロジーと人新世の未来』の第1章のトピックである。著者のエリザベス・コルバートは、前著『6度目の大絶滅』(NHK出版)でピュリッツアー賞を受賞した実力派のライターである。そんな彼女が本書で問いかけるのは、「自然のコントロールをコントロールすることはできるか」だ。

わたしたち人間は、これまでの歴史において、自らの生存に適するように周囲の環境を改変してきた。そうした自然のコントロールは、比類のない成功を収めてきた一方で、先の例が示すように、その副産物として新たな問題を生じさせてしまうことも少なくない。そして現代においては、そうした問題によって今度はわたしたちの存在が脅かされるまでになっている。

わたしたちは過去に例のない窮地に直面している。コントロールをめぐる問題の答えがあるとするなら、それはさらなるコントロールということになるだろう。ただし、ここで御すべき相手は、人間から切り離されて存在する――もしくは、そのように存在すると思われている――自然ではない。むしろ、この新たな取り組みは、つくりかえられた惑星からはじまり、螺旋を描くようにみずからのもとへ戻ってくる――それは自然のコントロールというよりは、自然のコントロールのコントロールだ。

自らがなそうとしたコントロールによって、わたしたちはどんな窮地に追いやられ、そしてそれをさらにどうコントロールしようとしているのか。本書は、川とその周辺地域(第1部)、希少野生生物種(第2部)、気候変動(第3部)という視点から、「自然のコントロールのコントロール」について見ていく。

そのなかでもとくに印象的なのは、本書のタイトルともなっている第7章の議論だろうか。着々と進行しつつある気候変動の問題に対処するためには、二酸化炭素の排出を削減することだけでなく、相当に思いきった対策も必要なはずだ。そんな対策のひとつとして第7章でとりあげられているのが、「ソーラー・ジオエンジニアリング」である。

ソーラー・ジオエンジニアリングの基本的な発想は、「地球を冷やす」こと。具体的には、上空の成層圏に反射性粒子(たとえば炭酸カルシウム)を散布し、それらに太陽光を跳ね返させることで、地球に届く太陽光を減少させようというのである。しかし、ここで少し冷静に考えてみよう。そうした対策はあくまでも対症療法であり、原因療法ではないだろう。しからば、十分な量の反射性粒子を永続的に投入することなど本当に可能なのだろうか。そして、それは望まれていない副作用をもたらしたりはしないだろうか。著者はそれらの点についても慎重な検討を加えているので、とくに本書のタイトルが気になる人は、ぜひ当該箇所に当たってほしいと思う。

以上のような仕方で、自然のコントロールをコントロールすることの困難を本書は指摘していく。では結局のところ、本書は未来に対して悲観的であるのか。その点についても、著者はあくまでも正直である。著者はけっして絶望しているわけではないものの、課題のむずかしさや規模の大きさを考えると、「おまけの3ページ」とでも呼べるような心地よい楽観論で本書を締めくくることはできないと言う。

できることなら、わたしもそんなふうに終わらせたい。でも、わたしにはできない。

実力あるライターによるものだけあって、文章もテンポよく読め進めていける。そこにある問題をまず実感したいのであれば、本書はまさにうってつけの1冊であろう。


作者: エリザベス・コルバート
出版社: NHK出版
発売日: 2015/3/21
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地球の生命史における「6度目の大絶滅」がいままさに進行していることをレポートした前著。著者はこの本でピュリッツアー賞を受賞している。

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作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
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