2015年8月、衝撃的な写真が新聞に掲載された。北アルプスのライチョウがニホンザルに捕食されている姿が初めて撮られたのだ。ライチョウの生息数は激減している。そこに新たな天敵としてサルが加わることは大きな脅威となる。
世界的なライチョウの研究者で信州大学名誉教授の中村浩志は緊急記者会見を開き、マスコミを使って警告した。このままでは絶滅すると。
信州大学農学部卒の著者、近藤幸夫は当時朝日新聞長野総局の山岳担当記者。この記者会見までそれほどライチョウに興味を持っていたわけではない。 だがここで会った中村の熱い思いに圧倒され、取材者の立場を越えて、スタッフとなり、早期退職をしてしまうほどのめり込んでいく。
「鳥の気持ちが分かる」と中村は言う。幼い頃から鳥に興味を持ち、カッコウの研究では世界のトップレベルにあった。中村の恩師である羽田健三から引き継いでライチョウの研究を継続したのも自然のことだった。
2018年7月、環境省信越自然環境事務所に中央アルプスの木曽駒ケ岳で発見されたメスのライチョウの写真が持ち込まれた。半世紀以上前に絶滅が確認された場所にまだ生息しているとなると、早急に対策を考えなければならない。
後に「飛来メス」と名付けられたこの一羽によって、国を挙げての「ライチョウ復活プロジェクト」が動き始める。羽田と中村、ふたりの鳥類学者が長い年月をかけて開発した機材と方法を使った繁殖と、野生復帰までの道のりは、気候変動や環境破壊、思わぬ天敵の来襲などで阻まれる。
その難題を解決するのも、70歳を超えても、鬼気迫るほどの情熱で山に分け入っていく中村だった。
私は動物ノンフィクションでも鳥に関する作品は外れがないと確信している。研究者のキャラクターが飛びぬけて強烈なのだ。本書も期待に違わぬ面白さだった。人間を恐れないというライチョウを観に行きたい。(週刊新潮5月30日号)
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11年前に出版された中村浩志が書いたライチョウ本。HONZで私が紹介している。レビューはこちら