ジャパンの行方『日本2.0 思想地図β vol.3』

2012年7月27日 印刷向け表示
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日本2.0 思想地図β vol.3

作者:東 浩紀
出版社:ゲンロン
発売日:2012-07-17
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多くの人間が国を語る光景を見ると三国志のマンガ『蒼天航路』の場面を思い出す。関羽がモンゴルの少年と出会い、それまで儒の思想一辺倒から脱却し、これからの中華の未来を描くなかで少年は「辺境の地に生まれた俺がこの壮大な中華の政を考えてもいいのか?」と問う。関羽は君もこの中華のひとつだと返す。少年は「あんたの魂は受け取った、俺はこの種を故郷にまく!」と天に向かい咆哮する。少年の登場は物語でたったそれっきりだが、いまでも私の脳裏に焼きついている。

一冊の書物でさえ、崇高壮大な観念を語ればステージになる。この分厚い本書の表紙をめくると、いきなり電脳たっぷりのアイドルがコスプレしておりギャップに拍子抜けするが、これから日本を背負う人間達が今の視点・新たな角度から現代日本を捉え直している。

本書は「ゲンロン新憲法草案」を提案している同誌編集長・東浩紀が、国土論と文学論、外交論など各界の著名人と対談し日本の未来を探る600ページ超の大作だ。東浩紀氏は2012年現在において日本の現代思想は彼をベースにしてる部分があるだろう。そう思わせる程、オタク文化と現代思想、社会学を相互に関連付けて改善点を述べることができる。単に現状問題を正確に捉えているだけの人や、ありふれた打開策を提案してくる人とは桁が違う、想像外の提案かつ未来構想を描ける学術系の人物だ。

同氏が注目されたのは『存在論的、郵便的―ジャック・デリダについて』という論考だが、一躍有名にしたのは『動物化するポストモダン』だろう。本書で対談している梅原猛も推薦しているが、この本は思想マーケットではありえないくらい売れた。サブカルの事象を取り出し、やれフーコーだボードリヤールだ、といったポストモダンの考えを踏襲して社会学の論理から分析したことで、ひとつのスタイルを完全に確立している。

さて今回のメインは新憲法草案だ。さすがのボリュームなので全ての条例をチェックできないが、今の法案のように日本自体で完結する独自性で作られたものではなく、参議院には外国人を投入し世界からの監視体制をとるようにするなど、ヨーロッパの政体を提案しているグローバル憲法だ。外国人に政権を任せる批評論は尽きないだろうが、読みどころに溢れ各センテンス毎にレビューを重ねる事ができそうだ。HONZ内で3000円以上の購入はブルジョワと呼ばれるが、これは充分おつりがくる。

読み進めると体温が上がり、この国の将来を自分なりにでも考えるようになる。私は現代アートに注目しているので、建築家の藤村龍至氏の経済と芸術に関する考察はとても興味深い。外国籍企業の誘致競争が進む中、欧米では株式や不動産と同様、現代アートは金融商品の一部となっている傾向にあるそうだ。そして周知の通り日本のアーティストはポテンシャルがありつつも、国内での市場はクローズドな環境のため、同氏はアートへの投資を促す税制上の優遇措置等やファンドの仕組みを提案している。

アート作品のトレードを行うアートフェアは年々拡大しており、世界各国の都市で開催されるようになった。中でもヨーロッパ交通の要であるスイスのアート・バーゼルの影響力は強く、スイス・ドイツの金融機関がバックアップしている。金融機関には現代アートに精通したコンシェルジュがおり、顧客に投資を促しているらしい。アートはクリエイティブな文化的側面もあるゆえ、株式や不動産と異なり社交的なステイタスにもなる。アーティスト単体を売り込む広告的な仕掛けというよりは、金融機関と強調して富裕層を集まる連動的な仕掛けを急ぐべき、と述べている。なるほど、ならばシティやHSBC、UBSあたりの外資系バンクと提携できるアート流通網をつくれば、文化面から日本経済を発展させる事もできるな、と悶々と想像し飲みながら誰かと語りたくなってくる。

その他、常岡浩介氏が語る外交2.0の記事は秀逸で、イラン情勢に焦点を当てた外交の常識など読んでて押さえておいたほうが、他の報道メディアがぐっと理解しやすくなるだろう。

私達は災害の国であることを自覚しないといけない。本書刊行の要因となった震災問題は各人から随所に出てくる。子に先立たれる、兄弟を失う、友人の行方がわからないといった悲劇を数多く聞けば、他の誰かがやるだろうなんて言ってはいられない。本書で椹木野衣氏が語っている「すでに鎮魂とか救い、たんに娯楽ではない、より深い次元に立ち入るための芸術が必要となっているのではないか」に深く納得だ。それらがドーハで展覧した村上隆氏の「五百羅漢図」や、梅原猛がいう魂の永久の往還運動について、別コンテンツからリンクしてくるから驚きの編集術なのである。対談が面白いから本にしましょう、という感覚でこの本は創られていない。

私も日本で育った人間だし、と興味本位で購入したが、本気で国を考える人のギャップに頭を殴られる感覚だ。本書で少しでも自国についての現状を知ってほしい。人生の未来に漠然とした不安を抱える人には、自国の悪口をいう前に、せめてここ界隈の思想の話を聞くべきだ。

孔子も(論語なうで)伝えています。

子曰く、その位にあらざれば、その政(まつりごと)を謀らず

⇒「○○党ってダメだよね」「日本て終わっているよね」と語っているだけでなにもしない人は、行動をおこしなさいよ、と先生。

ちなみに冒頭の「あおいきば」と名乗る少年はテムジン、のち一大帝国を築きあげるチンギス・ハーンだ。

—-【こちらもオススメ】—-

思想地図1~5、β1、一般意志2.0など数多くある著書の代表作。この考え方だけでも押さえておくと、その後の若手思想家の発想が分かる。

動物化するポストモダン オタクから見た日本社会 (講談社現代新書)

作者:東 浩紀
出版社:講談社
発売日:2001-11-20
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HONZにも明日の日本を考える女傑がいる。デフレ経済から脱却する具体案が満載。

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作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
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