『地球最後の日の種子』 週刊朝日9月24日号 「ビジネス成毛塾」掲載

2010年9月22日 印刷向け表示
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地球最後の日のための種子

作者:スーザン・ドウォーキン
出版社:文藝春秋
発売日:2010-08-26
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本年これまで読んだ本のなかでもっとも面白い本だ。スピードあふれる科学読み物にして、稀代の植物学者の伝記である。読み終わってみると、たった14ページのプロローグだけでも、付箋を6枚も張っていた。2ページごとに、引用したくなる文章が書かれている本などめったにない。

1998年ウガンダで「黒さび病」という小麦の伝染病が発見された。壊死率は80%。病原菌はやがて紅海を超え、イエメンに到着した。その先にはインドと世界最大の小麦生産国である中国がある。

これに対抗する遺伝子をもつ小麦をどこかから見つけてこなければ人類の生存すら危ぶまれる。どの品種がこの細菌に耐性を持つのかは判らない。その時のために大量の品種を保管する種子銀行が作られていた。

『地球最後の日のための種子』は病原体や地球温暖化、小惑星の衝突などに備えて種子銀行を作り上げた植物学者の物語だ。

その種子銀行の名前は「ノルドゲン」。ノルウェーの永久凍土地帯に建設された。岩盤の地下120メートルにあるこの施設には、何百万種類もの作物の種子が保存されている。ハルマゲドンを思い起こす名前をもつこの施設の構造は、エジプトの王家の谷にあるファラオの墓とまったく同じだ。なにごとかを暗示しているようで不気味でもある。

この本には同志として複数の日本人が登場する。飢饉に苦しんでいた国でも栽培できる小麦の祖先は、稲塚権次郎が開発した「農林10号」という品種だ。本書の主人公であるベント・スコウマンが作り上げた研究機関を引き継いだのは岩永勝だ。田場佑俊はトウモロコシの種子集めを担当している。

ここで種子集めとは遺伝子集めのことでもある。そのため、物語はバイオ企業の遺伝子特許とも複雑に絡み合って進行する。

ところで、ウガンダの「黒さび病」を克服しようとコーネル大学に持続的研究プログラムが設立された。その資金を拠出したのはビル&メリンダ・ゲイツ財団であった。

決定版-HONZが選んだノンフィクション (単行本)
作者:成毛 眞
出版社:中央公論新社
発売日:2021-07-07
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